ゲイの政治家ハーヴェイ・ミルクを巡るドキュメンタリー
1978年に暗殺されたサンフランシスコ初の同性愛者の市政執行委員ハーヴェイ・ミルクについて、記録フィルムとインタビューで構成したドキュメンタリー。ミルクの業績を追うばかりでなく、70年代アメリカのゲイが置かれていた状況を浮き彫りにしている点が素晴らしいと思います。
ただし、資料としては貴重な映画なのかも知れませんが、残念ながらあたしにとっては「感動の大作」とはなり得ませんでした。ミルクの主張が理想主義的すぎて賛成しづらい部分があることと、後半の視点が偏っているように見えることが、その理由です。
貴重な資料としての『ハーヴェイ・ミルク』
この映画では、ゲイ・パレードやゲイ権利法案への反響、そして同性愛者の教師はクビにできるとする「提案6号」についての論争などを実際の映像を通じて見ていくことができます。これは大変に貴重な資料だと思いました。
見ていくと、ホモフォビックな人々の主張は今も昔も変わらないことがよくわかります。同性愛者と女装者を混同していたり、「自分は気にしないが多くの人々は嫌がるはずだ。だからパレードなどやめろ」と表面だけリベラルぶって発言したり(で、『多くの人々』って誰なのよ?)、「同性愛者はあなた方の子どもを狙っています!」と根も葉もないデマを流して大衆を煽ったり、ほんとにもう、偏見持ってる異性愛者のやることって変わらないんですねえ。そういうアホどもをミルクが論破するところは、見ていて胸がすくようでした。ミルクが提案6号を廃案に追い込んだことから学べることは、現在でも多いはず。
でも、ミルクの主張のここが引っかかる
「最も重要なのは全てのゲイがカムアウトすることだ。そうすれば仲間がどこにでもいることがわかる。デタラメな社会通念やウソは一掃される」というミルクの主張に、あたしはあんまり賛成できません。人にはカムアウトしない自由があるはずだし、それにだいたい非ヘテロだけが「カムアウトするか、しないか」という選択を迫られるという社会構造自体が差別的だと思います。変えていくべきはそこだと思うし、それには必ずしも同性愛者が全員カムアウトする必要はないと思うのね。もちろん、70年代と現在とでは時代背景が違うから、考え方も違って当然なのですが。
映画後半の視点について
ミルクを殺された怒りと悲しみは理解できるんだけど、だからと言って暴徒と化して市庁舎のガラスを割ったりパトカーに火をつけたりして暴れ回ることが100パーセント正しいわけでもないよね。社会正義を訴えるドキュメンタリーならここは勧善懲悪の文脈で読み解いてはいけない部分のはずなのに、この映画では、この部分を単なる物語のカタルシスとして位置づけてしまっているようにも見えます。そこがちょっと納得しづらい感じ。
一番怖かったこと
スタッフロールの後に映し出されるテロップを読んで、たとえ一瞬でも「ざまあみやがれ」と思ってしまった自分が一番怖かったです。ヘイトクライムなんて大嫌いだけど、あたしの中にも憎しみはある。ゲイだろうとヘテロだろうと、誰だってダン・ホワイトみたいになってしまう可能性はある。そう思って慄然としました。
まとめ
歴史を振り返るという意味でたいへん貴重なドキュメンタリー。ただし現代の視点から見て、当時のゲイ解放運動のイデオロギーに違和感をおぼえざるを得ない部分もありました。「これ以上血を流さずに済むような着地点は何だろう」と考えさせられるという意味では、良作だと思います。
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