石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

映画『BLOW DRY シャンプー台のむこうに』感想

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美容師一家のハートウォーミングなコメディ

「母親が女性と駆け落ちして一旦バラバラになった美容師一家が、全英ヘアドレッサー選手権出場をきっかけに再び絆を取り戻していく」という一風変わったコメディーです。同性愛そのものが全く悪者扱いされていないのが嬉しいし、お涙頂戴に陥らないさらりとした描き方も、ギャグも、どんどん盛り上がっていくヘアドレッサー選手権そのものの楽しさも、みんなみんな素晴らしかったです。以下、良かった点を具体的に列挙してみます。

1. 同性愛の扱い方がまとも

登場人物の誰ひとりとして母シェリーの同性愛自体を問題視していないのが嬉しいです。元夫のフィルにとっては問題は「突然(それも10年前の選手権前夜に)捨てられたこと」であり、「妻がレズビアンであること」ではありません。また、シェリーにとっての問題は「元夫や息子と疎遠になってしまったこと」や「不治の病にかかっていること」であり、「自分がレズビアンであること」ではありません。

考えてみればこれは当たり前の話です。たとえばだれかの妻が男と駆け落ちしたとして、夫は「あいつ(妻)がヘテロセクシュアルだから駆け落ちしたんだ。異性愛が悪いんだ!」なんて言いませんよね。それと同じで、同性愛だろうと異性愛だろうとセクシュアリティー自体にはいいも悪いもない、ということを、この映画はきちんと描いてくれています。そこがとても安心できるところでした。

2. コメディーとしても良い

まず、ヘアドレッサー選手権という題材そのものが秀逸です。ありえないような摩訶不思議なヘアスタイルに大真面目で取り組む選手たちの姿は、それだけで観客をニコニコさせてくれます。戦いが4回戦まであるのをうまく使った繰り返しネタも楽しいし、イギリスらしいブラックなギャグが散りばめられているのもいいし、全体的にハリウッド式の陳腐なドタバタコメディーとはまた違った面白さがありますね。

登場人物に本当の意味で嫌なやつがひとりもいないのも良かったなあ。キャラクタの描写が丁寧で、話の構造が単純な「悪者vs善人」の構図に陥っていないんですよ。おかげで安心して心ゆくまでギャグを楽しみながら見ることができました。

3. ひねりのきいた悲しさ

強烈に悲しいシーンでも登場人物に「悲劇の大激白」や「涙の謝罪」みたいなベタなことをさせず、小道具や間の取り方をうまく使ってひねりをきかせてあるのがうまいなと思いました。「すっごく悲しいのに、号泣ではなく泣き笑いさせられる感じ」と言えば伝わるでしょうか。

4. サンドラ最高

母シェリーの恋人サンドラがもう良くて良くて。明るくておバカで、とてもいい奴で、そして美しくて。ネタバレを避けるため詳しくは言及しませんが、最終戦の彼女のモデル姿が、この映画の全てを表わしていると思います。良かった。泣けた。「お母さんを惑わせた変態女め! うちの家族から出て行け!」みたいな話じゃなくて本当に良かったよう。

ていうかね、結局サンドラも「家族」の中に含めてもらえているのが本当に嬉しかったです。「必ずしもステレオタイプなヘテヘテカップルを中心に据えなくたって『家族』は構成できるし、それでいいじゃないか」というメッセージがビシバシ伝わってきましたよ。そうだよ、それが現代の「家族」ってもんだよ。

注:「二股礼賛映画」でも「浮気肯定映画」でもないわよ!!

あちこちのレビューを読むと、「浮気しといて許してもらおうなんて、このクソレズは何考えてんだ!!」みたいな意見も見かけるんだけど、これはそういう映画じゃないと思います。以下、うちの掲示板にてビューワー様がこの映画について指摘してくださった部分からの引用です。

この映画は実は結婚やパートナーの誠意にはすごくマジメで(兄弟ドンブリしながら「結婚」の衣装を着て来た女に制裁喰らわせたり)、不倫や駆け落ちを肯定してるわけじゃない。

そうそう、それなんですよ! 単なる二股礼賛とか、「浮気をしても温情で見逃してやれ」とかいう映画ではないんですよね。

「男女間であろうと女女間であろうと、大事な人に対して誠実でないことはいかん」というスジが一本通ったお話だと思いました。しかも、そういうことを絶対にしない人が偉い人だというんではなくて、「そういうことをしてしまった自分から逃げずに、真摯に謝罪できることが大切なのだ」という主張が感じられてとても良かったです。

まとめ

笑って泣いて最後にしみじみできる本当に良い映画でした。「もうレズが犯罪者やキチガイや色情狂の役ばっかりやらされるしょーもない映画にはうんざりよ!」とお思いのアナタや、あったかいコメディーを探しているアナタに特にお勧めです。