津雲むつみ傑作選 5 Moonlight Flowers 月下美人 (YOU漫画文庫)
- 作者: 津雲むつみ
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2001/05/18
- メディア: 文庫
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古典的名作
レズビアンに対するステレオタイプを丁寧に否定し、かつ女性同士の恋を肯定的に描いてみせた古典的名作だと思います。多少の古さやレディコミ系の絵柄はやや読む人を選ぶかもしれませんが、内容は読み応えありです。
陳腐な展開かと思いきや
文庫版に収録されている作品は、「Moonlight Flowers―月下美人」「Midnight Flowers」「花鬼」の三編。うち「Moonlight〜」と「Midnight〜」の2編がレズビアン物で、後者は前者よりも前の時間の出来事を描くアナザーストーリーです。
最初のうちはかなり警戒しながら読んだんですよ。というのも、「Moonlight〜」の主人公「佐保子」はかつて男性からデートレイプをされたことがあり、佐保子のお相手「薫」は父が愛人を作って母は自殺、自分も父に疎んじられて育つという過去を持っているという設定だからです。おまけにふたりは学生時代演劇でロミオとジュリエットを演じ、ボーイッシュな薫のロミオは「宝塚の男役みたいでそりゃもうカッコ良」かったという説明つき。ここまでだけ見ると、「異性に絶望したトラウマから同性に走ったかわいそうなレズ」パターンとか、「男役と女役に分かれてヘテロごっこをして大喜び」パターンとかの匂いがプンプンするじゃないですか。
ところがあたしの予想はいい意味で裏切られました。お話の後半で、これらのステレオタイプはきちんきちんと否定されていくんです。
否定されるステレオタイプ
まず、薫の台詞(p90)。
なぜと聞かれてもわからないわ 小さい頃から好きになるのはいつも女の子だったの だってしようがない……こういう風に生まれついてしまった自分を肯定して生きるしかなかった
次に、佐保子の台詞(p91)。
高校時代わたしもあなた(引用者注:薫のこと)が好きだった……とても好きだった でもキスされてわたしはあなたからも自分の気持ちからも……逃げたのよ だってずうっと平凡な普通の人生を生きるよう教えられて育てられたの そこからはずれるのがこわかった……だから だから男のひととつきあって結婚して……わたしバカだから遠まわりして遠まわりして……やっと気がついた 薫 あなたを愛してる
薫も佐保子も単にもともとレズビアンだったということが、これらの台詞でしっかりと明示されています。つまり、決して「トラウマのせいでレズに走りました」とか、「女同士で男女恋愛の真似事がしたいです」とかいうお話ではないんですね。これは読んでてすごく嬉しかったなあ。
周囲の人間のステレオタイプにも、批判のまなざしが
ふたりの周囲の人間のステレオティピカルな発言にもきちんと批判のまなざしが向けられており、そこもとても面白かったです。たとえば、
という佐保子の母の台詞(p27)や、なんだかんだ言っても女は男次第 ちゃんとした男性と結婚して 子供を産んで育てて……平凡でもそれが一番よ
という佐保子の夫の発言(p109)など、どちらもレズビアンなら耳にタコができていそうな陳腐な言葉ですけれども、このお話の中ではそういうありきたりなステレオタイプをありありと描写した後で、彼らが間違っているということがガツンと描かれていきます。そのあたりが実に痛快でした。愛しあってるだと? 女同士でどうやってセックスするんだ え!? 俺のこれよりあの女の使うバイブのほうがいいとでもいうのか!?
やや気になったところ
2点だけ、ちょっと気になったところがあります。まず、薫があまりにも「男なんて」と男性全体を見下していること。せっかくナチュラルボーンレズビアンであると公言しているキャラがそこまで強いミサンドリーを抱えているというのは、あたかも「レズビアンは男性嫌悪症」という世間サマの妄想に迎合してしまっているかのようで、残念な気がしました。
次に、タイトルにも絡んでくるのですが、薫が同性愛者を「(太陽の下で咲けない)夜の花」になぞらえているところも苦手です。「同性愛は隠花植物」などと言われていた大昔の価値観を何の検証もなくそのまま鵜呑みにしているかのようで、21世紀に生きるレズビアンとしては、見ていてなんかモヤモヤします。この作品自体がわりと古い(元々の版の単行本は1991年初版)ので、仕方がないと言えばそれまでなんですが。
まとめ
多少の古さは否めません。また、レディコミ調の絵も人を選ぶでしょう。が、90年代ゲイ・ブーム以前にここまでステレオタイプを廃して女性同士の恋を描ききったというのは拍手ものです。萌え系の百合物ではなくシリアスなレズビアン物が読みたいという方に、特におすすめです。