石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『東京カオス』(アンヌ・ランバック著、平岡敦訳、阪急コミュニケーションズ)感想

東京カオス

東京カオス

銃を偏愛するレズビアン捜査官・郷順子登場

「日系アメリカ人のレズビアン捜査官・郷順子が、赴任先の東京で連続殺人事件を解決する」というお話。レズビアンが主人公のミステリは今さら珍しくないけれど、順子の銃への偏愛ぶりがユニークで面白かったです。また、セクシュアリティと個人の人格が混同されていないところもよかったし、東京の街の描写も斬新かつ的確でした。残念なのは場面転換が強引すぎる上にところどころ説明が舌足らずなため、いささかお話がわかりづらいところ。映画化権が既に売れているそうなので、そのへんをうまく整理した良い映画になってくれるといいなあと思います。

順子の銃への偏愛について

「銃は大好きよ。マニアと言ってもいいわ。筋金入りの」

と自称する(p84)順子の愛銃は、デザート・イーグル50AE。重量2.02キログラム、全長272ミリの、「357マグナムよりも二倍強力な、世界最強のセミ・オートマチック拳銃」(p40)です。順子のこの銃への思い入れは、以下のくだり(pp40-41)に顕著です。

こんな銃を持って勤務するなんて、狂気の沙汰だ。順子を微笑ませ、火の玉を吐き出させる狂気。けれども彼女は、この銃を完璧に使いこなしていた。恐るべき重量に耐えるため、何時間も訓練を積んだのだ。まるで腕や筋肉に、おもりをつけているようなものだった。銃が腕の延長となるのではなく、腕の方が鋼と化して、銃の延長になったような感じだ。肩のふんばりから足と膝の位置まで、全身を銃に合わせねばならない。人と馬が一心同体になるというのはよく聞く話だが、順子の場合は彼女自身が金属となって、銃と溶けあうのだった。銃身の目は、順子の目だ。

(引用者中略)

けれども順子は、イーグルとのいびつな関係を考えるとき、それを名づける言葉はひとつしか思いつかなかった。愛。いや、愛以上かもしれない。イーグルを身につけていると、ほかの人々を深く大きく受け入れることができた。他人を恐れる必要がまったくないとき、初めて本当に彼らを愛せるのだ。

レズビアンが登場するミステリは数あれど、ここまで銃にこだわるレズビアンキャラというのはあたしはこれまで見たことがなく、たいへんに面白かったです。なお、今回のお話では、デザート・イーグルだけでなく、スミス&ウエッソンの9ミリ・パラベラムがクライマックスで果たす大きな役割も必見。つくづくこういうマニアな人って好きだわあたし。

セクシュアリティの描写について

お話の中では順子の恋やセックスもきちんと描かれているのですが、そこに余計な気負いや偏見がいちいち入り込んでこないところがよかったです。「同性愛差別反対!!」路線でも、「めくるめくレズビアンセックスの官能☆」路線でもなく、ごくあたりまえに女性が女性を口説いてつきあう表現があるのって、ありがたいと思います。作者アンヌ・ランバック自身が同性愛者だから、おかしな描写になりようもないのは当然っちゃ当然ですが。

ちなみに無意味にレズビアン全体をひとくくりにして持ち上げたり貶めたりしていないのも面白いところ。「セクシュアリティと人格は無関係なんだから、もっと個体差を考えるべきだよな」と常日頃から思っているあたしにとっては納得のいく筋立てとなっていました。

東京の風景について

東京の繁華街の描き方が、斬新かつ的確でよかったです。たとえば、こんなところ(p12)。

ブロードウェイだって、こんなに色とりどりの鮮やかなネオンに包まれてはいないだろう。どこもかしこもガラス張りで、内も外も区別がない。この街は、水族館のようだ。人々は水槽の両側から互いに観察しあい、何もかもが丸見えだった。ショーウィンドーや大きなガラスのドアが、きらびやかなブティックやレストランを飾っている。磨りガラスの天井や床は、カメレオンのようにあたりの色を映し、鏡のなかには売り子やテーブルがどこまでも続く。そして大小様々なスクリーンが、あっちにもこっちにも輝いていた。

水族館にたとえるってところが新しいですよね。しかもこの形容は決して外れてないし。全体を通して、映画『ライジング・サン』とか『キル・ビル』みたいな、「ガイジンが勘違いしてテケトーに描写した日本」ではなく、「新鮮な切り口でいきいきと描かれた日本」だなあと思いました。

残念だったところ

冒頭でも書きましたが、場面転換が強引な上に説明がやや舌足らずで、時々話についていけなくなってしまうんですよ。やたらと場面が切り替わって「鈴木が」とか「清水は」とか、見覚えのない(あるいは、読んでも忘れている)固有名詞がばんばん出てくるので、「ちょっと待って、この『鈴木』って誰よー!?」みたいに混乱しまくりました。また、登場人物が異様に多くてわかりにくいんだこれが。構成のうまさや読ませる力という点に関しては、同じレズビアン物のミステリならローレン・ローラノシリーズ捜査官ケイトシリーズサズ・マーティンシリーズの方が一枚も二枚も上だと思います。

まとめ

主人公の銃への偏愛っぷりやセクシュアリティの扱い方、風景描写などはとても面白いんですが、お話の構成は今ひとつ。ただし、全体としてはタイトル通りカオスな面白さがあります。この作品は既にシリーズ化されており、続編『東京アトミック(Tokyo Atomic)』、『東京ミラージュ(Tokyo Mirage)』が出版されているそうなので、そちらも読んでみたいところです。