- 作者: 中井英夫
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 1988/07
- メディア: 文庫
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小栗虫太郎による「エス」なミステリ
『黒死館殺人事件』の小栗虫太郎が、なんと百合(というか、『エス』)なミステリをものしていた!!
……という情報をビューワー様からいただき、さっそく読ませていただきました。「方子と末起」は、病気で療養所に暮らす少女「方子(まさこ)」が、恋人の少女「末起」が巻き込まれた密室殺人事件の謎を解き明かす、という、ちょっと「しずるさんシリーズ」を思わせる短編です。トリック部分はやや弱いものの、レトロな(昭和13年発表の作品ですから、あたりまえといえばあたりまえですが)文面の美しさと、最後まで女同士の関係をあたたかく肯定しているところ、そして匂いやかな色気などは、今読んでも新鮮でとてもよかったです。昨今の萌え狙いの百合作品にはない、繊細な「エス」分を楽しむには絶好の作品だと言えましょう。
レトロな文面の美しさ
まず作品冒頭のこの文章(p128)をごらんください。もうこれだけで何の説明もいらないと思います。
(方子からの手紙) 末起ちゃん、お手紙有難う。
ほんとうにお姉さまは、末起ちゃんのために二年越しの敷布のうえがすこしも淋しくはありません。
行くんですってね……? まい日末起ちゃんは学校の裏庭へ行って、やまももの洞に掘ったあれを見ているそうね。
あたくしも、あなたと散歩した療養所裏の林の、白樺の幹を欠かさず見ています。
一つは、あたくしが四年あなたが二年のとき、もう一つは、それから一年経った先達っての話ね。そして孰っちにも、あなたとあたくしの、頭文字が刻んである。
恋しい人、たがいに離したくない、懐かしい人……。
女同士の関係の肯定
こんなに昔の作品で、しかも設定自体は典型的な「エス」。なのに、方子と末起の関係は、ただの思春期の疑似恋愛としては描かれていないように思います。方子の手紙文の、
何故でしょう。何故二人は、こんなに愛しあうんでしょう?
それはね……なぜ太陽はかがやき子供は生れるかと、尋ねられるように、答えようがありますまい。あたくしも、ただ愛するから愛するとしか、いえません。
……という部分(p129)からもわかるように、この二人の愛は、「ただ愛するから愛する」というシンプルなものです。他の部分でも、ありがちな「思春期らしい潔癖さで異性を嫌っている」だの、「未熟さゆえに同性に関心が向かっている」といったくだらない言い訳が少しも出てこないことに感動。混じりっけなしの「少女がただ愛する少女を護ろうとする」お話なんですよこれは!
そして匂いやかな色気
そうは言っても、「本人が『ただ愛する』と自己申告しているだけで、結局は幼さからくる感情なんじゃないの?」と邪推する向きもありましょう。でも、違うんだなこれが。たとえば、方子が末起の到着を待ちながら戸外で寝転んでいるときのこの描写(p148)をご覧ください。
腹んばいの、したからは土壌の息吹が、起伏が、末起の胸のように乳首に触れる。回春も近い。方子は自分の呼吸にむっと獣臭さを感じた。
幼いどころか、一種なまめかしい色気が伝わってきますよね。コドモの一過性の恋愛ごっことは質を異にする話であるということが、こんなところからもはっきり読み取れると思います。
その他
冒頭にも書きましたが、ミステリとしてはやや物足りないものがあります。方子から末起への謎かけで「不思議の国のアリス」が使われるところなどは面白いのですが、それが決定的な役目を果たしているわけでもないし、密室のトリックもかなり強引。けれど後半の不気味なテンションの高まりには目を見張るものがありますし、美しく官能的なオチも最高です。というわけで、ミステリというよりも、あくまでも「サスペンスフルなエス小説」として楽しむのが吉かと思います。
まとめ
本格ミステリとして読むには物足りないけれど、サスペンスフルなエス小説として読むなら満点をつけたい作品です。何よりも、昭和13年発表の作品で、女のコ同士の関係を最後まで優しく肯定し切っているところがすごい。いや、いいもん読ませてもらいました。