石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『あかりをください』(紺野キタ、幻冬社)感想

あかりをください (バーズコミックス ガールズコレクション)

あかりをください (バーズコミックス ガールズコレクション)

女性同士の「かなわぬ恋」をやさしく描く2作品あり

やさしく抒情的なタッチでさまざまな恋を描いた作品集。表題作と、短編「en rêve アン・レーヴ」に、女性に恋をする女性が出てきます。どちらもある意味悲恋なのですが、メロドラマチックにならない筆致でキャラたちの想いが丁寧に描かれているところがよかったです。

「あかりをください」について

今は亡き母親が選んだ再婚相手――そのひとは、高校生の鳩子にとって「父親」という名のまぶしい存在となった。家族の中で秘めた想いを抱えたまま揺れる鳩子は?

というあらすじ(カバー裏より)のお話。つまり、物語の主軸は鳩子の血のつながらない父親への揺れる想いと家族愛にあるのですが、実は脇キャラにさりげなく百合な人が登場するんですよ。自分の恋が決してかなわないことを知りつつ、同じようにかなわない恋をしている鳩子を優しく見守っているそのキャラが、それはそれはよかったです。特にpp73-81の鳩子との会話は必見。

「en rêve アン・レーヴ」について

"en rêve"とはフランス語で「夢の中で」の意。結婚式を控えた女性が、昔から何度も見るファンタジックな夢に出てくる女性に魅かれていくというお話です。中盤の古典的な「レズの悲劇」めいた部分には正直言って「またこのパターンか」とげんなりしましたが、ダーク・ファンタジーの香りを漂わせつつもある意味ハッピーなオチに着地するラストシーンはユニークで、面白かったです。

少し深読みをするならば、この作品は、自分は異性愛者だとアイデンティファイしている女性の中にひそむ同性愛傾向と、それへの無意識的な抑圧を描き出していると言えると思います。結婚というきわめて異性愛中心主義にかなった儀式の直前に、忘れていた同性への愛を思い出し、でも結局その愛はあのエンディングのようなかたちでしか結実し得ないというのは、つまりは本人および社会全体の同性愛への抑圧を表現していると思うんですよ。結局、少し形を変えれば単なる「主婦レズ候補のとまどいと絶望」で終わってしまうテーマを、うまくリリカルなファンタジーに昇華してみせたのがこの漫画なのではないかと思います。

まとめ

「あかりをください」も、「en rêve アン・レーヴ」も、女性同士の「かなわぬ恋」を静かに描き出してみせた佳作だと思います。フワフワと浮かれた「なんちゃってレズ」路線ではなく、かと言って大仰に悲劇に酔うでもなく、ちゃんと「この人が好き」という深い感情がつたわってくるところがとてもよかったです。ただし、雰囲気作りがうますぎるほどうまい作者さんだけに、この2作品だけを見ていると「女性同士の恋は成就しないのがデフォルト」と言われているような気がして少し凹んでしまうのも事実(逆に言えば、悲恋萌え・成就しない恋萌えの方なら、ストライクゾーンど真ん中かもしれません)。同じ作者さんのもう少しハッピーな百合作品があったら、ぜひそちらも読んでみたいと思いました。