石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『みすてぃっく・あい』(一柳凪、小学館)感想

みすてぃっく・あい(ガガガ文庫 い 3-1)

みすてぃっく・あい(ガガガ文庫 い 3-1)

少女小説/百合小説の皮を着た一篇の魔術

すごい。面白い。この面白さをどうやって表現したらいいんだと頭抱えて転がり回りたくなるぐらい面白い!!

「冬休みに女子寮に残された4人の少女。主人公『蝶子』は、ロリ娘『せりか』とエキセントリックな『三輪先輩』とに突然告白され、三角関係に陥るのだが――」と書くと、一見陳腐なハーレム展開の百合ラノベみたいでしょう? ところがどっこい、これは少女小説の皮を着た一篇の魔術。ただのハーレム物だと思いこんでさくさく読み進めていくうちに、読み手は作者が周到に仕掛けた術の中にどっぷりとはまることになります。そうなったらもう逃げられません。巧みなトリックと息をもつかせぬ後半の展開、そして静かに物語の底に流れる死と血のにおいに、どうぞ魅了されまくってください。

蝶子をめぐる三角関係について

「一見百合ラノベみたい」とは書きましたが、この作品における女のコ同士の好き感情は本物ですよ。キスシーンも2回ありますし、

華奢な指が、湯に浸かっていた私の顎を掴んでくいと向き直らせた。視線が正面からぶつかる。間近であらためて見て、私は先輩の顔に見惚れてしまう。
「女同士なんて、ヘン?」
先輩はささやくように言って、眼を細めた。

なんてシークエンス(p82)も登場。妙な偏見もほとんどないし、せりかや三輪先輩に告白された蝶子の戸惑いやドキドキの描写も鮮やかで、素敵でした。というわけで、百合部分「も」花マルな小説です。

巧妙なトリックについて

明るい百合ラノベ風のストーリー前半には、実は意味深かつ不吉な序章がそっと影を落としています。この序章は蝶子が見た夢という設定なのですが、途中まで読者にはそれがどう物語にかかわってくるのかわかりません。わかった時点では、時すでに遅し。作者の用意した鮮やかな仕掛けの数々に、「やられたー!」「油断したー!」と叫ぶよりほかありません。

ネタバレを避けるため詳細は控えますが、本当にもう、そんじょそこらのミステリよりも緻密なんですよこのトリックの数々。ハーレム百合(っぽい)展開とか、ロリ娘やら変人の天才やらという一見ありがちな設定に騙されてすっかり油断しきって読んでいただけに、もののみごとに引っかかってしまいました。悔しいので全部前の方のページをめくって逐一確かめましたが、やっぱり「参りました」と土下座するより他ありません。よくできた小説には「騙される快感」というものが確実にあると思うのですけれど、『みすてぃっく・あい』のそれはまさに一級品だと思います。

怒涛の後半について

後半はまさに巻置くあたわずの怒涛の展開。序章にあった死と血のにおいがついに本領発揮し、読者を翻弄しまくります。ここで注目すべきは、魔術と数学と神秘学とがスクラムを組んで否応なしに物語を牽引しまくるそのパワー。つまり、少女小説風に始まって、ミステリ顔負けのどんでん返しをきめてみせた後、今度は一種のファンタジーとして驀進して行くんですよこのお話は。そこにまったく違和感がないのは、冒頭部からきちんきちんと仕込まれた伏線が効果的に働いているから。三輪先輩の読書傾向も、せりかの赤いスカーフも、蝶子が読んでいた本も、すべてがこの後半のためにあったのですね。

難点を挙げるとすると

「ラノベでござい」風のひらがなタイトルで損をしてると思うんですよね。『虚数の庭』(物語の鍵を握る書名)でいいじゃん、と思ったら、第1回小学館ライトノベル大賞で期待賞を受賞されたときは本当にそのタイトルだったとか。ラノベらしくしないと売れない、という配慮もあったのかもしれませんが、個人的には元のままの方がよかったのになあと思います。

まとめ

タイトルこそラノベ風ですが、中身は少女小説とも百合小説ともミステリともファンタジーとも読める、実によく練られた構成の大傑作。読みながら「この感じは何かに似ている」と思ったら、サラ・ウォーターズの『荊の城』でした。ストーリーこそ似ても似つかないのですが、計算されつくした構成と、さまざまな「読み」を可能とする濃厚さ、鮮やかなトリック、そして後半の息をもつかせぬ展開っぷりがほんとによく似てると思うんですよ。というわけで涙が出るほど面白かったので、百合好きさんのみならず、少女小説のふりをした魔術に翻弄されたいすべての人におすすめ。