石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

小説『ブロークン・フィスト(1〜3)』(深見真、富士見書房)感想

戦う少女と残酷な少年―ブロークン・フィスト (富士見ミステリー文庫)

戦う少女と残酷な少年―ブロークン・フィスト (富士見ミステリー文庫)

傷だらけの遠い明日―ブロークン・フィスト〈2〉 (富士見ミステリー文庫)

傷だらけの遠い明日―ブロークン・フィスト〈2〉 (富士見ミステリー文庫)

風に躍る宿命の調べ―ブロークン・フィスト〈3〉 (富士見ミステリー文庫)

風に躍る宿命の調べ―ブロークン・フィスト〈3〉 (富士見ミステリー文庫)

血沸き肉踊る格闘ヒロインミステリ(レズビアンキャラ多数)

戦うヒロイン好きな人ならなんとしても読むべき痛快アクション・ミステリ。なんでもっと早く読まなかったんだ自分のバカー!! と激しく後悔中。格闘部分は香港映画のテイストを「これでもか!」とばかり凝集して紙に落とし込んだかのような濃さと熱さを誇っていますし、何より、ミステリのハウダニット部分まで格闘ネタでやってのけるという徹底ぶりが最高です。主人公「羽山秋楽(はやまあきら)」が守られるだけのアホ女じゃなく、自ら鍛練を重ねてどんどん強くなっていくところもすばらしかった。

なお、深見作品だけあって、当たり前のようにレズビアンカップルが登場します。カップルじゃないピンのレズビアンも複数登場します。巻を追うごとに彼女たちにスポットが当たる機会も多くなっていくのですが、どれも偏見のないスカッとした書き方で、読んでいてとても楽しかったです。

香港映画テイストなアクションについて

達人が壁を走るわ、ヒロインは梯子で戦うわ、攻撃で石畳は粉砕されるわ等々、香港映画好きな人なら「ああ、あれあれ!」と嬉しくなってしまうようなアクションがてんこ盛りです。読んでいると脳内麻薬物質がじゅうじゅう分泌され、映画さながらの映像が頭の中をかけめぐります。いわばこれは、香港映画を見事に「本歌取り」してみせた、格闘小説界の新古今集と言えましょう。

ちなみに1~3巻ともミステリとしてはハウダニット物なのですが、そのトリック部分までが全て格闘ネタという徹底ぶり。そのため、ひょっとしたら「格闘技なんて知らない、アクション映画も興味ない」というタイプの人にはピンと来にくい作品なのかもしれません。でも、そんな人は置き去りにしとけばいいんです。アクション好きにとって面白ければ、それでいいんです!

戦うヒロイン秋楽について

空手少女である秋楽の最大の魅力は、戦いと鍛練を通じて成長していくキャラだという点にあります。生まれつきご都合主義的に強いわけでも、魔法の力で変身して強くなるわけでもない、本物の肉体派ヒロインなんですねこの人は。特に彼女の筋肉へのこだわりぶりが楽しかったです。『トゥームレイダース』のアンジー様とか、『キカイダー01』の志穂美悦子とか、あらゆるカンフー映画のミシェール・ヨー(キング)とか、とにかく「戦うヒロイン」がお好きな方ならはまりまくること間違いなし。ちなみに、次第に強くなっていく秋楽が、相棒の気弱な人間凶器「闘二」と一種の夫婦ドツキ漫才的な拳と拳の掛け合いを形成していくところなんかも楽しかったです。

レズビアンキャラの扱いについて

たとえばこのへん(2巻pp. 47 - 48)がすごくいいんですよ。以下、登場人物は全部女性という前提でお読みください。

「何言うてんねん。変なことなんかしたことないわい。……全部モノホンの愛情表現や!」鴨寺は、今度は長崎のヒップを撫でた。それを受けて長崎は「ひゃんっ!」と可愛い悲鳴をあげる。もうほとんど、セクハラ親父の世界である。
「モノホンって……女の子同士なんて、変だよ! ふざけないでよう!」
「時代は二一世紀やで! 古臭いこと言っとる場合やない!」
「もう! お客さんの前なのにぃ……」
知り合いにレズビアンのカップルがいる私としては、鴨寺の方が正しくて、長崎の方はちょっとだけ間違っていると思う。女の子同士が「変」というのは、今時古臭いだろう。しかし仮に鴨寺が「本気」だったとしても、こんな人前で長崎に辱めを与えるというのは、いかがなものか。……同性愛どうこうという以前に、ちょっと問題がある気がするぞ。

すごくフェアな書き方だと思いませんか? 「女の子同士なんて、変」というありがちな価値観をいったん登場させてからきちんと否定し、かと言って女同士であることを免罪符にセクハラを合理化したりしないあたり、きわめてまっとうだと思うんです。このシークエンス以外でも、レズビアニズムの扱いは常に公正で、変な美化も見下しも皆無。かっこよく魅力的なレズビアンたちの活躍を、心ゆくまで楽しむことができました。『アフリカン・ゲーム・カートリッジズ』の小島里美をちょっと連想させる女性刑事キャラや、マシュー・ミッチャムのレズビアン版を格闘技でやろうとしている女性空手家あたりが特に好きです。

まとめ

ヒロイン・アクション小説としてもレズビアン小説としてもすばらしく面白かったです。トリックに格闘技を使うというアイディアも楽しかった! 冒頭にも書きましたが、なんでもっと早く読まなかったのかと後悔することしきり。