石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『どろぼうの名人』(中里十、小学館)感想

どろぼうの名人 (ガガガ文庫 な 4-1)

どろぼうの名人 (ガガガ文庫 な 4-1)

土くさく生々しくいとおしい、“百合フォークテイル”

すばらしく面白かったです。「お姉さま」という概念でキラキラフワフワした姉妹百合を展開する作品は数あれど、この作品はそれらとは180度違う方向を向いています。ありがちな甘いだけの百合話がファンタジーだとしたら、『どろぼうの名人』は、土くさくて生々しくてそれゆえいとおしいフォークテイル(民話、伝説)。お子様向けに脱臭殺菌して小綺麗にパッケージされた絵本ではなく、毒とエロティシズムをしっかりと残した魅力的なお話だと思います。『幽霊列車とこんぺい糖―メモリー・オブ・リガヤ』(木ノ歌詠、富士見書房)『みすてぃっく・あい』(一柳凪、小学館)あたりがお好きな方なら、きっと合うはず。

繰り返される童話的モチーフについて

ストーリーをごくおおまかに言うと、主人公「佐藤初雪(はつゆき)」が、大好きな姉「葉桜」の命令で、美しい古書店主「川井愛(めぐみ)」の偽妹となるというもの。川井愛との奇妙な同居生活の中で初雪は愛をラプンツェルの魔女にたとえるのですが、この物語には他にも童話的モチーフが繰り返し登場します。「青ひげ」、「ヘンゼルとグレーテル」、「白雪姫」、「かえるの王さま」、山賊頭の隠れ家の話、そして表題でもある「どろぼうの名人」等々。

それらが醸し出す暗さとエロティシズムを巧みに利用しつつ、初雪が愛に魅かれていく過程を丁寧に追ってみせたのが本作です。「昔々、あるところに」という決まり文句の代わりにちょっとしたパラレルワールド設定を仕掛け、ラプンツェルの塔の代わりに小さな古書店をしつらえることで生まれたのがこの物語。百合という今日的なテーマを扱ってはいても、平成日本の「萌え」なんていう小さな枠にはおさまりきらない、むしろ時代と場所を越えて共感を呼ぶ伝承文学に近い位置づけのお話だと思います。この「古くて新しい」感じが非常にユニークで、よかったです。

エロティシズムについて

何度も出てくるくちづけのシークエンスもいいし、キス以上のことへの欲望を示唆するくだりも色っぽくてドキドキさせられました。非常に面白いのは、この作品では人が人を欲望することにいちいち理由づけをしないことですね。女性から女性へのまっすぐな欲望をはっきり肯定し、「愛してるから」という言い訳さえ必要としないそのスタンスはお見事。特に最後の2行はもっとも感動的かつ官能的で、必見です。

その他いろいろ

初雪と愛の年齢差が面白いなと思いました。かたや14歳、かたや30代という組み合わせは、百合ワールドではあまり例を見ませんよね。逆に言うと、この年齢差だからこそ、女性同士でなければ成り立たないお話なんだろうなとも思います。もし愛が男なら、キスもセックスもどこか一方的な「権力の行使」めいてきてしまいますし、逆に初雪が男だとしても違和感が残りますし。腕力や権力の面で比較的対等な関係にある「女と女」だからこそ成り立つストーリーだよなあと思いました。

まとめ

古くて新しい一種のフォークテイルというかたちで紡がれた、非常にユニークな百合話です。初雪が愛に魅かれていく過程がじっくり丁寧に描かれていくところがいいし、女性同士の欲望にいちいち理由づけを必要としないところもすばらしい。何より、最後の2行が打ち出す強いテーマとエロティシズムがたまりません。おすすめです。