石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『あまがみエメンタール』(瑞智士記、一迅社)感想

あまがみエメンタール (一迅社文庫 み 3-1)

あまがみエメンタール (一迅社文庫 み 3-1)

かなり特異な百合小説

全寮制の女子校を舞台に、噛み癖のあるロリータ少女「橘地莉子(きつじりこ)」と、莉子に己の肌を噛ませ続ける「渡会心音(わたらいここね)」との特異な関係を描いた百合小説。タイトルからてっきりあまあまイチャイチャ系の話かと思っていたのですが、実際にはもっと血と死と諦念の香りが漂うSMチックな作品でした。予定調和的な「いかにも百合」っぽいカップリング形成を避け、一種イビツな関係を是としていくところが面白かったです。ただし、莉子の魅力がいまひとつ薄いところと、「異常なまでに外界から隔絶された全寮制女子校」という設定があまり役立っていないところは残念。全体的にもう少し突き抜けてみても良かったんではないかと思います。

SMチックな関係性

「あまがみ」なのはタイトルだけで、莉子の噛み癖は、皮膚を歯が破って出血するほどの激しいものです。当然、噛まれたあとには傷が残るし、危険でもあります。面白いのは、日常的にその噛み癖を受け入れている心音の側が、それを苦痛ではなく快楽として受け止めていること。たとえば、こんな風(p.
11)に。

……いつからだろう?
莉子ちゃんの噛み癖が、単なる苦痛から快楽に変貌を遂げたのは。
そう、あたしの身体はぞくぞくとした震えを帯びている。
もしかしたら、あたしの顔は今、莉子ちゃん以上に恍惚としているのかもしれない。
傍から見れば不健康なこときわまりない、昏く澱んだ遊び。
初等部一年のころから、何度も何度も繰り返してきた儀式。

心音はまた、莉子につけられた噛み痕をひそかに写真に撮り、大切な宝物として何冊ものアルバムに蒐集していたりもします。つまりこれって単なる同性愛的関係ではなくて、かなりSM寄りの関係でもあるわけですね。また、莉子に想いを寄せる「宝生藤乃(ほうしょうふじの)」が指摘する通り、心音にとってはこれは一種の自傷行為でもあります。女子校が舞台だからといってただのテンプレいちゃいちゃ話にせず、こうしたややダークな要素を持ち込んでふたりの関係性を描いていくところが面白かったです。

予定調和には陥りません

莉子と心音は、噛む/噛まれるというSM的関係で結びついてはいますが、いわゆるキスやセックスをする恋人同士ではありません(噛む/噛まれる行為がセックスのメタファーになってはいますけど)。一方、莉子には宝生藤乃が、そして心音には「三島綺南(みしまきな)」というキャラが想いを寄せています。藤乃は莉子と心音の関係を「イビツ」だとして批判するし、綺南は綺南で優しく心音の身体を触り、はっきりと愛の告白をします。

無難な話におさめるのであれば、ここで「莉子と藤乃」「心音と綺南」のカップルを成立させ、「恋愛によって救われた主人公たちは、不健康な自傷他傷行為を卒業してひとつ大人になりました、めでたしめでたし」と教訓を垂れて終わることもできたと思うんですよ。でも、この物語は、そういった予定調和を拒絶します。オチは伏せておきますが、ありがちな恋愛万能主義に陥らず、一種凄絶な展開でこの「イビツな関係」を肯定し切ってみせるところが斬新でよかったです。

ちょっと残念だったところ

噛む/噛まれる関係という設定以外に、もう少し突き抜けた部分があってもよかったのでは。現状だと莉子というキャラクタは「ただの幼稚なマザコンわがまま娘」でしかなく、平板に感じられます。舞台となる全寮制女子校の不気味な設定も莉子が長い間ある情報から隔絶されていたことの言い訳としか使われておらず、もったいない気がしました。

SM要素にしても、現実の世界では「夫婦合意の上で焼け火箸を押しつけたり手足の指を切断したりしていて、結局夫の方が逮捕された」なんて事件もあったわけですし、それを思うとまだまだひねりや意外性が足りない感じ。そのあたりに、少女小説らしいツメの甘さを感じないでもありません。

まとめ

ライトノベルの皮をかぶった、ちょっとダークな「百合SM小説」。噛まれる側の視点で描かれているためマゾヒスティックな快楽の要素がかなり強く、そこがツボな方なら買いでしょう。ただし、噛む/噛まれる関係という設定以外は案外おとなしやかなお話でもあり、もう少しどこかにスパイスをきかせて欲しかった気もします。結論としては「あくまで少女小説の範疇でだけど、特異な関係を力技で肯定しちゃうクィアネスは面白いよ」というところでしょうか。