石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『どろぼうの名人サイドストーリー いたいけな主人』(中里十、小学館)感想

どろぼうの名人サイドストーリー いたいけな主人 (ガガガ文庫)

どろぼうの名人サイドストーリー いたいけな主人 (ガガガ文庫)

官能あふれるパラレルワールド百合史劇

千葉国王「陸子」(りくこ)に仕える女性護衛官「光」(ひかる)の物語。傑作百合小説『どろぼうの名人』のサイドストーリーです。素晴らしく面白かったので、これは本気でおすすめ。したたるような官能もいいし、パラレルワールド設定がしっかりとお話の骨格を支えているところも素敵でした。舞台とキャラクタに合わせて入念に選び抜かれた言葉が心地よく、ただの百合物としてだけでなく1篇の史劇としても楽しめるつくりになっていると思います。メインキャラたちの、したたかでいたいけな性格づけもよかったです。

したたる官能について

これがもうほんとにすごいです。最初の数十ページで完全にノックアウトされてしまいました。予定調和的にキスして乳揉んで股間触って、みたいなワンパターンの性愛描写(男女ものでも女女ものでも掃いて捨てるほどありますよねー)が裸足で逃げ出す艶めかしいエロティシズムにメロメロです。キャラたちがまるで共犯者のように秘めやかに官能を共有していくところが、またいいんですよ。最初の章を読むだけでもう「これは良いヘンタイ小説(誉め言葉)」という印象を抱きましたが、その印象は読み進めれば読み進めるほどに強まる一方で、ゾクゾクさせられました。ヘンタイでありながら全然下品じゃなく、かつ地獄のようにエロいという、素晴らしい性愛描写だと思います。

パラレルワールド設定について

ただ単に女同士がイチャこいて終わりのお話ではなく、一種のスリリングな史劇としても楽しめる小説です。千葉がロシアを後ろ盾とする独立王国であるというパラレルワールド設定がお話の骨組みにしっかりと絡んでいて、特に後半では手に汗握るサスペンスを生み出してくれています。

キャラたちの口調が、きちんと場にふさわしいものになっているところもよかったです。かつて中島梓は『小説道場』で、「王に仕えるキャラの喋り方がまるでクリーニング屋の御用聞きみたいになっている」という投稿作を批判していましたが、ライトノベルってまさしくその投稿作みたいな作品がけっこう多いと思うんです。ところがこの『いたいけな主人』は場面と人物に応じた口調の使い分けに心憎いまでに配慮が行き届いていて、演出効果ばっちりでした。これだよ、こういうのが読みたかったんだよ。

いたいけなキャラたち

このお話のメインキャラは4人です。以下、巻頭の「登場人物」(p. 12)より引用。

  • 波多野陸子……千葉国王。二十一歳。女子中学生が好き。
  • 設楽光……陸子の護衛。二十三歳。陸子が好き。
  • 平石緋沙子……国王公邸のメイド。十五歳。陸子の愛人。
  • 橋本美園……国王公邸のメイドの長。二十七歳。

四つ巴の恋情と性愛の世界を展開していくこのキャラたちが、皆それぞれ異なった形のしたたかさといたいけさをたたえていて、おそろしく魅力的なんですよ。タイトルの「いたいけな主人」というのは一見陸子だけを指しているように思われますが、実は違うんですよね。そこがとても面白かったです。

惜しむらくは、これらのメインキャラに比べると、後半に登場する3人娘のキャラが今ひとつ立っていないこと。実際、何のために登場したのか今ひとつわからないキャラたちで、読んでいて少しとまどってしまいました。ひょっとしたら何らかの文学作品へのオマージュなのだろうかとも思いましたが、浅学なあたしにはよくわかりません。このエキサイティングな小説の中で、唯一残念だったのがその点です。

まとめ

前作『どろぼうの名人』が百合フォークテイル(民話)だとするなら、こちらは1篇の百合史劇。女性同士のあやうい恋とみずみずしい官能を、架空の王国「千葉国」の存亡とからめて鮮やかに描写してみせた、極上の百合ストーリーです。個人的には後半で登場する3人娘の存在意義が今ひとつわかりにくいところが残念でしたが、それを差し引いても十二分におつりがくる大傑作だと思います。いやー、堪能した。素晴らしかった。もっと読みたいです、こういう話。