石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『蒼穹のカルマ(1)』(橘公司、富士見書房)感想

蒼穹のカルマ1 (富士見ファンタジア文庫)

蒼穹のカルマ1 (富士見ファンタジア文庫)

痛快微百合アクションコメディ

いやはや実に面白かった。タイトル及び「あなたのような人間がいるから、戦争は無くならない」なんて帯の文句に騙されちゃいけません、これって実は抱腹絶倒のコメディ作品ですぜ。ひとことで言うと、本作は「シスコンならぬ姪コンの最強ヒロイン『鷹崎駆真』(たかさきかるま)の数奇な一日」をテンポ良く描くライトノベル。オタ作品にありがちな展開をメタ視して笑い飛ばすギャグセンスが痛快ですし、それでいて決してオタ要素を使い捨てにせず、大切にすくいあげてクライマックスを盛り立てる構成もみごとでした。クールな駆真の激烈な「姪コン」っぷりも百合百合しくて、非常に楽しく読めました。作者さんはまだ20歳を超えられたばかりだそうですが、恐ろしい新人もいたものです。

最強ヒロイン駆真の魅力

駆真の魅力を端的に言うならば、「ギャップ萌え」です。

このお話の舞台は、空獣(エア)と呼ばれる怪物に人類が脅かされる「蒼穹園」という世界。駆真はそこで空獣と戦う騎士団の若きエース。

『鷹崎駆真を笑わせた者には賞金二万苑(えん)』

なる文書が騎士団内に出回る(p. 6)ほど冷静沈着で無表情、自在に空を舞い空獣を倒す姿はまさに無敵。おまけに白磁の美貌に漆黒の黒髪、齢は弱冠17歳……とあっては、そこだけ見れば「中学生がうっとり夢想しそうな中二病ヒロイン」以外の何者でもないと思うんです。ところがこの駆真には、「シスコンならぬ強烈な『姪コン』」という知られざる側面があるんでした。小学生の姪「在紗」(ありさ)が包丁でちょっぴり指を怪我したときの駆真のこの反応を、まずはごらんください。

血……あ……あ、あ……在紗の指から血が血が血がァッ! うああああああああああああああああ痛いいたいイタイッ、ど、どどどどどの包丁で切ったの在紗さあお姉ちゃんに言ってごらんどこの金物屋だどこのメーカーだどこの研ぎ師だ一族郎党皆殺しにして七代祟ってやるぅぅぅううゥゥあァァァぁああァァぁッ! ジェノサァァイッ! ジェノサァァァァァァァァァァイッ!

一事が万事。こと在紗のこととなると普段の鉄仮面ぶりは銀河のかなたまで飛んでいき、ただのベタ甘お姉ちゃんと化してしまうんですよこの人は。実はこの1冊は、そんな駆真が万難を排して在紗の授業参観日に出席しようと苦闘するお話であり、話の隅々まで在紗への愛がみっちみちにつまっています。ちなみに在紗の方でも駆真を「ねえさま」と呼んで慕っていたりして、そのへんも百合百合しくてナイス。

オタ要素のメタ視と再構成

ここも最高に面白かったです。「異世界に呼ばれし勇者」だの「神の試練の迷宮」だの、ゲームやらラノベやらではもう既におなかいっぱいな設定ってあるじゃないですか。この作品は、あっさりとそれらを笑いのめして独自の世界を切り開いて行くんですよ。駆真ときたらこうしたオタ向け展開のお約束を完っっ璧に無視してきわめて合理的な行動ばかりとっており、読んでいて非常に楽しかったです。

ちなみに、オタ要素をただギャグ用に使い捨てて終わりではなく、後々で大切にすくいあげて物語の中で生かしていくところもよかった。わざと陳腐な状況設定を使う反面で、キャラ造形の面ではひとつも手を抜いていないからこそ、こうした芸当ができるんだと思います。『シャイニング』や『アカイイト』の双子を彷彿とさせる天由良(あまゆら)・霊由良(たまゆら)や、すっとぼけた人造人間ウタなど、特によかったです。

テンポの良さも最高

構成も文章も非常にテンポがよく、読者をして物語世界にひきずりこむパワーを持っています。駆真の現況と在紗の学校風景とを交互に配して巧みに状況説明していく、という手法がまずすばらしいです。また、文体の方も、

心臓は早鐘。血液は急流。

風に流れる髪は漆黒。その間から微かに覗く面は白磁。

と対句法で雰囲気を引き締めたかと思えば、

息を吐けば口腔から煙でも出てくるのではないかと思えるほどにヒート。ああ在紗、おまえはなんでそんなにキュート。駆真の心臓は弾け飛びそうなほどビート。

と脚韻でギャグをかましたりしていて、最後まで飽きませんでした。「“ついくほう”って何ですかー?」とか言っちゃうタイプの中学生には、平家物語とかよりまずこういうオモシロ小説を読ませるべきなんじゃないか、と思ったりしました。

難点を挙げるなら

やはり、タイトル・表紙・帯の3つが作品世界に合っていないということでしょうか。「ジェノサァァァァァァァァァァイッ!」なお話なのに、ここまでまじめくさった表紙もないだろうと思うのですがどうでしょう。もっとも、これは口絵とのギャップを狙ったのかな、と思えないでもありません。書店で手に取られた方は、ぜひとも表紙を開いて、その強烈な落差をお楽しみください。

まとめ

百合ものとしてもアクションコメディとしても文句なしの面白さでした。まだ回収されていない伏線がいくつか仕込まれていることもあり、続刊がとても楽しみです!