石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『青い花公式読本』(志村貴子と藤が谷女学院新聞部、太田出版)感想

青い花公式読本 (Fx COMICS)

青い花公式読本 (Fx COMICS)

アニメ版を見ていなくてもじゅうぶん楽しめる、良質なガイドブック

最近アニメ化が実現した百合漫画『青い花』の公式ガイドブックです。アニメ版のファン向けの本なのかと思いきや、全然そんなことはなく、原作しか読んでいない自分でも十二分に楽める本でした。アニメ版スタッフさんの慧眼に感動したり、志村貴子さんと他の漫画家さんとの対談にうんうんとうなずいたり、描き下ろし番外編「みんなの体育祭」にニヤニヤさせられたりと、読んでいてとても忙しかったです。

アニメ版スタッフさんの慧眼

まず、OP絵コンテ・演出を担当された幾原邦彦さんのインタビューが面白かったです。

これは僕の勝手な感想なんですけど、いわゆる百合ものは、お姉さんを好きって言っている女の子がいて、その女の子のピュアさとか、その子が振られて傷ついた心とかを視聴者が好んで見ているように思えるんですよ。『青い花』はそうではなくて、こういう言い方が正しいのか分からないんだけど、ふみという子があんまり美しいとは描かれていない気がして。まあ、ふみを好きな男性の読者・視聴者はいっぱいいると思うんだけど、あえて酷い言い方をすると、あの子は変な人で(笑)。でも、人って往々にして自分に正直でいればいるほど変な人になっていかざるを得ない。ピュアだから萌え、じゃなくて変な人であることがいいところなんですよ、ふみは。彼女の「生き方が下手」なところはとても共感できるし、また、いとおしい。その共感は、この行き辛い世の中で、多くの人が感じるところじゃないですかね。

このくだりにすごく共感しました。

あと、監督のカサヰケンイチさん、シリーズ構成の高山文彦さん、そして志村貴子さんの3人による鼎談も興味深かったです。あたしはアニメを全然見ない人なので、「桃太郎問題」(お話を映像化するときは、『中に子供が入った桃を持ち上げたら重い』『それをどうやって持って帰ったのか』『洗濯物はどうしたのか』などの細かなリアリティが必要になる、という問題)のお話なんて目からウロコでした。また、「漫画とアニメではシーンのつなぎ方が違うから時間経過を見せるのが難しい(要約)」とか、「だからと言って安直なオーバーラップやジワトラックバック/ジワトラックダウン(対象物には向かってカメラがゆっくり寄ったり引いたりすること)は使いたくない(要約)」というお話も同様に目ウロコ。漫画の映像化って、こういう難しさがあるんですね。

そんなわけで、普段ぜんぜんアニメを観ない人にも興味深い話がてんこ盛りです。こういう方々が手がけていらっしゃるなら、アニメ版も安心なんではないかと勝手に想像したりしました。

志村貴子さんの対談いろいろ

「でも、でも私……それが描きたかったんです!」

以下、羽海野チカさんとの対談より引用。

(引用者注:ふみちゃんが話の核心に飛び込んでいったことに対して)

志村 それは『青い花』に限った話じゃないんですけど、女の子同士がキャッキャしてるのを見たい人にとっては、そういう関係を崩しちゃうキャラクターは疎ましく思われるんですよね。「でも、でも私……それが描きたかったんです!」っていう(笑)。

ああやっぱりそういうリアクションをする層もいるだろうなと思いつつ、いち読者としてはやっぱり作者さんの「それが描きたかったんです!」というものが読みたいな、と思いました。ていうか、自分としては「それが見たかったんです!」という感じなので、『青い花』のあの展開は渡りに船といった感じだったんですけど。

百合ジャンルって、他ジャンルよりも「百合とはこうでなければ!」みたいな個々人の脳内規範が多いと思うんです。ところが『青い花』というのは、舞台も女子校、可愛い女の子もいっぱいと、一見とてもわかりやすい百合もの風のスタートを切りながら、

  • ふみは女性とのセックス込みの恋愛歴あり←セックス嫌悪派撃沈
  • 「王子様」な杉本先輩は男性教師に片思い←男イラネ派撃沈
    • しかも実は内面ヘタレな乙女←王子様萌え派撃沈
  • 他にも男女カプ登場←男イラネ派、さらに撃沈
  • 「わたしの好きはそういうことをしたい好きなの」←セックス嫌悪派、片想い萌え派、友情以上恋愛未満派撃沈

と、ものすごい勢いで「こうでなければ!」派を振り落としてきてると思うんですよ。その豪胆さにしびれますし、ステレオタイプに迎合せずに「描きたかった」ものを描いてくださるところが嬉しいなあと思っています。いや、ステレオタイプこそツボという人もいることはわかるんですが、なんでよりによって『青い花』にそれを求めるのかと。他にいくらでもそういう作品があるじゃないかと思うんですよね。

「本当にドヘタレなんですよ、杉本先輩って」

以下、オノナツメさんとの対談より。

(引用者注:杉本恭己の変化について)

志村 動かしやすくはなったんですけど、最初のころはやっぱり、露骨なくらい“女子校の王子様”キャラだったわけじゃないですか。当然、そういうキャラクターが好きな人たちもいて、第1巻の時点では「杉本先輩、カッコいい!」って言ってくれたわけで。そういう人たちには「ごめんね、全然カッコよくなくて……みたいな気持ちになります。いやもう、本当にドヘタレなんですよ、杉本先輩って。しかも意地悪なドヘタレ(笑)。

わかるわかる、って感じです。アニメ版の序盤だけを見て勘違いする人がまた出てくるのでは、といらん心配をしてみたり。

3巻ぐらいまで読んでから1〜2巻を読み返してみると、杉本先輩のあの完璧なカッコ良さというのは、ずいぶんと演出された(本人無自覚なんでしょうが)ものだということがよくわかります。孫引きになってしまいますが、作家の米原万里さんのエッセイ『心臓に毛が生えている理由』(角川学芸出版)の中に、「たしか塩野七生さんが、アラン・ドロンの食事マナーがあまりに完璧なことが、かえってその出自の卑しさを証している、マナーを自家薬籠中の物にした人はもっと崩すものだ、というようなことをエッセーの中で述べている」というくだり(p. 141)があります。今になって1〜2巻の杉本先輩を見ていると、この話がありありと思い出されるんですよ。杉本先輩のあの王子様ぶりは、結局「王子様」の真似でしかなく、杉本恭己自身はなにものでもないただの少女でしかなかったんだなあと思います。(その『なにものでもないただの少女』っぷりがダメダメでいたいけで、そこがポイントなんですけどね)

描き下ろしスペシャル番外編「みんなの体育祭」について

今となってはなつかしい、杉本先輩の超絶王子様ぶりが発揮される8Pコメディ。笑った笑った。この後どうなるか既にわかっているので、恭己のあの無駄な色気とカッコ良さを安心して堪能できました。ポンちゃんの愛らしさや、思いがけず京子でオチがつくところなども楽しかったです。

その他

「青い花大辞典」が、単に用語集として便利なだけでなく、読み物としても面白くて、サービス精神満点でした。トリビアの宝庫でもあります。2巻の「杉本先輩好き同盟」が第8刷以降は「杉本先輩片想い同盟」になってるなんて、まったく知りませんでした。

まとめ

漫画版しか読んでない人にもとても面白い、充実の1冊でした。これはおすすめ。