石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『サイゴン・タンゴ・カフェ』(中山可穂、角川書店)感想

サイゴン・タンゴ・カフェ (角川文庫)

サイゴン・タンゴ・カフェ (角川文庫)

表題作が圧巻です

すべての物語にアルゼンチンタンゴが登場する恋愛小説集。中でもレズビアンの老作家が出てくる表題作「サイゴン・タンゴ・カフェ」が圧巻です。先が読めないストーリーと、とろりと甘いベトナムコーヒーのような濃厚さにしびれました。その他の収録作も、ヘテロ話も含めてみんなよかったし、こんな短編集が読めるのは幸福と言うよりほかありません。

表題作「サイゴン・タンゴ・カフェ」について

「ベトナムのハノイでタンゴ・カフェを営む謎の老嬢は、20年前に失踪した伝説のレズビアン作家『津田穂波』だった」という設定のもと、穂波と女性編集者「孤塚真樹」、真樹に惚れている編集者「恵比須一平」との三角関係の真相が解き明かされていくお話です。めまぐるしく二転三転するストーリーは、まるで緻密に練り上げられたミステリのよう。

いや、「ミステリのよう」どころか、この展開はまさしく極上のミステリそのものだとあたしは勝手に思いました。分類するなら、ホワイダニットのミステリです。穂波はなぜ筆を折ったのか。なぜその後、1冊だけ新作を書いてから失踪したのか。孤塚や恵比須の言動の目的は、何だったのか。バンドネオンの調べにのせて、これらの謎が次々に解き明かされていくところが、最高にスリリングです。

しかも、これだけで終わらないのがこの作品の本当のすごさ。理詰めで全て説明するのではなく、いったんふわりと謎を残してから、まさかの二段落ちを叩きつけてくるんですよ。やはりこれは単なる謎解きではなく、恋愛小説であったのだ、と思い知らされました。冒頭でも書きましたが、オチの濃厚さは美味しく煎れたベトナムコーヒーそのものです。深炒りで苦くて、でも練乳がとろりと甘くて、ときどき舌に残るざらついたコーヒー豆の感触までが妙にいとおしいあの味。最後の2ページの余韻だけで、しばしカフェイン酔いのような高揚で頭がいっぱいになってしまいましたよ。やられたー。

その他の収録作について

主人公女性が不倫相手の男性から横領の罪を着せられる「現実との三分間」、家族の忌まわしい過去とそこからのサバイバルを描く「フーガと神秘」、猫が主人公の「ドブレAの悲しみ」、妻と愛人の奇妙な友情(?)物語「バンドネオンを弾く女」など、どれもとても面白かったです。独特の美しさをたたえた文体と凄味のあるストーリー、そして光と影の両方を包み込む意外な結末というのがこれらの諸作品の共通点かと。

まとめ

甘さと苦みの絶妙のバランスをみせる表題作も、その他の収録作もみなすばらしかったです。特に表題作は、同性愛物だからどうこうという以前に、まず小説としてとんでもなく面白かった。読んでいる間中ぞくぞくさせられっぱなしで、最後まで読んでしまうのが惜しくて仕方ないほどでした。そんなわけで、おすすめの1冊です。