石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『オクターヴ(4)』(秋山はる、講談社)感想

オクターヴ 4 (アフタヌーンKC)

オクターヴ 4 (アフタヌーンKC)

雪乃、おそろしい子……!

元アイドルの宮下雪乃と作曲家・岩井節子の恋物語第4巻。この巻の感想をひとことで言うと「雪乃、おそろしい子……!」ですね。無防備な魔性の女・雪乃の危なっかしい足取りに、節子も読み手も振り回されっぱなしという1冊だったと思います。前々からちょこっと思っていたんですが、この作品って実はラブストーリーというよりビルドゥングスロマンの色彩が強いのかも。「痛いほど不安定な青春を経て、雪乃がどう自己形成していくか」がメインテーマであって、雪乃と節子の恋は実はサブテーマなんじゃないかと。

危なっかしい雪乃さん

2〜3巻での一件を経て少しは落ち着くのかと思いきや、節子でなくても横っ面ひっぱたきたくなるぐらいにフラフラしてますよこの人は! 見ていてハラハラするわイライラするわでもう大変、節子に向かって「悪いことは言わないからあの子はやめときなさい」と忠告したくなります。居酒屋とかで、こう、しみじみと。

でも同時に、誰が雪乃を責められようか、とも思うんですよね。18歳でお酒も覚えたて、自己不全感たっぷりで先も見えず、おまけにセクシュアリティも手探り中ってときなら、これぐらいの危なっかしさはむしろあって当然なのでは。実際、雪乃の姿から自分のイタタな過去を思い出して畳の上を転がった人も少なくないんじゃないかという気がします。「自分にはそんな時期はなかった。えっへん」と胸を張る方、大波はこれから来るのよ。覚悟しときなさいよ。ともかく、そういう意味ではほんとにリアル感満点の作品であり、青春物語または成長物語として非常に面白かったですね。

成長する雪乃さん

さすがの雪乃も揺れっぱなし・流されっぱなしではなく、ほんの少しだけ成長を見せています。鴨ちゃんへの切り返しとか、大沢くんやしおりちゃんへの対応とかがよい例です。このあたりのいっぱいいっぱいな感じが見ていてなんとも歯がゆく、かつ、くすぐったく、これもまた4巻の醍醐味のひとつであると言えましょう。

ひとつ面白いと思ったのが、雪乃が周囲に節子との関係を明かすことがひとつの進歩として描かれていること。まったく逆の経験があるんですよ、あたし。女性との恋愛経験皆無なヘテロ女子とつきあった時、こっちがポーカーフェイスで周囲に全伏せしているのが気に入らないと噛みつかれ、周りにダダ漏れにされたあげく人間関係をいろいろぶっ壊されたんです。向こうは単純に「(これまで男相手にそうしてきたように)どこでもいちゃいちゃしたいし恋バナもしたい(はぁと)」と思っていただけだったようで、意外(だったらしいですよ本人的には)な結果に呆然としてましたが、こっちは「なめくさっとんのかクソガキ」と思ったものです。つまり、その時点では「ポーカーフェイスであること=大人」「やたらと周囲にばらすこと=子供」だとあたしは考えていたわけ。でも、そのあたしにしてさえ、今『オクターヴ』4巻の後半の展開を読んでいても、さして違和感ないんですよ。時代は変わった、ということでしょうか。

そして節子との恋は

3巻でいったん噛み合ったはずの歯車がズレたりまた元に戻ったりと、今回も波乱含みです。第24話のラストで暗示されている通り、愛はしっかりあるんですが、ふたりの関係は今後もまだまだ揺れ動きそうな気配。ちなみに読んでいて非常に不安になってしまうことに、「愛してる」とか「私のものになって」とかの決め台詞は常に節子の側から発せられ、雪乃の口から出ることはなかったりします。このあたりもまた、不安定な雪乃の流され具合のあらわれなんでしょうね。

おそらく最終的には第19話での雪乃の台詞が伏線となって効いてくるのでしょうが、そこにたどりつくまでにはまだまだしんどい展開が続きそうです。百合ものにファンタジックなラブいちゃ関係を期待する人には徹底して向かない作品ですが、「女のコ同士でも結局は人間対人間なのだ」とわかっている人には、かえって面白い内容なのではないかと。

まとめ

なまぬるい共感を拒否し、おろし金で心をひっかかれるようなザラついた不安をかきたてる巻だったと思います。でも、それがかえってよかった。百合/レズビアンものでありながら、お話の力点をラヴ部分より「不安定でダメダメな青春における自己形成」に置くというユニークさを高く評価したいです。他に類をみないタイプの漫画として、今後の展開にも期待しています。