- 作者: 中村珍
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2010/02/25
- メディア: コミック
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すげええええええええ!!
これは読むべきだ。いや読め。読んでくれ。
ひとことで言うなら、この物語はふたりの女の逃避行。暴力夫を持つ人妻が、自分に惚れているレズビアンを使って夫を殺させ、なしくずしにふたりで逃げ続けるという物語。女ふたりで夫を殺すという点では映画『バウンド』を想起させますが、違うんです、もっとざらついていてもっとタフなお話なんです。女ふたりの逃亡劇という点では『テルマ&ルイーズ』も連想させますが、このズキズキする痛みは『テルマ〜』よりはるかに強烈。「通りいっぺんの『愛』とか『絆』なんて言葉じゃくくれない、これは『宿縁』または『業』だ」というのはあたしの読書中メモですが、もうほんとにただのラブストーリーなんてものを越えまくったお話。読んでいる間じゅう、冗談抜きで心拍数が上がりっぱなしでした。ちなみに主役のふたりのみならず、ゲストキャラの掘り下げ方もすばらしかったし、緻密で硬質な絵柄もナイス。連載時には「レズ」という用語が問題視され、バッシングを受けたと聞きますが、そんなバッシングをした人はいったいこの作品のどこを見てたのかと思います。
レズ呼称? それが何?
たしかに衝撃的だとは思うんですよ。第1話のしょっぱなのモノローグ(p. 1)からして、これですもん。
作中では他にも「レズ」表記がそこらじゅうにあり、作者の中村珍さんがレズビアンキャラの通称を「レズさん」としていたことと相まって、「こんな蔑称を使うなんて」という批判の声があったと聞いています。“大好きだ”と言ってやったら、クソみたいな私の夫を殺してくれた。
レズのバカ女。
でもねえ。そんな批判をした人には、アンタ本当に『羣青』を読んだんですかと胸ぐら掴んで問い詰めたいです。全部読まずとも、第1話だけでいい。レズビアンキャラが、
と泣き笑いでつぶやくあのコマ(p. 24)の表情を、あなたは見たのかと。偶然拾ったギャルの話を目を伏せて聞く人妻(p. 31)の顔を見たのかと。そこから続く2ページで人妻が語る「サスペンスドラマ」のあらすじを、本当に読んだのかと。あれ全部見ちゃったら、もう第1話ラストのページのギャルとまったく同じ目線で、泣きながら「元気れね」と言うよりほかに選択肢ないじゃんかと。キャラクタ個人が持っているホモフォビアが描かれることこそあれ、この作品そのものが打ち出すメッセージには差別も蔑視も皆無ですよまったくもう。ああ…、そうか……ごめんねぇ。
『バウンド』よりもタフなお話
ここで言う「タフ」とは頑丈で打たれ強いという意味ではなく、「困難な」「一筋縄ではいかない」「熾烈な」という意味の方ですよ念のため。『バウンド』のコーキーとヴァイオレットはお互い惚れ合った上で手に手をとって犯罪に乗り出しましたが、『羣青』のふたりはまったく違ったところにいます。語弊を恐れずに言うなら、人妻はレズビアンの恋心を利用する立場にあり、レズビアンも全部わかった上でDV男を殺しているんです。つまり、このふたりの関係には、一般的な意味で言うところのロマンティック・ラブによる救済は存在しません。どこまでも壮絶で、ひりひりするようなお話なんです。
けれども、ではふたりの間に愛はないのかと言ったら、あたしは言葉に詰まってしまいます。たとえば第9話のクライマックスを見て、そこに愛がないだなんて口が裂けてもあたしには言えません。でも同時に、このふたりの関係を「愛してる」とか「あなただけ」みたいなチャラい言葉で形容することは絶対にできないとも思うんです。このふたりを結びつけているのは、愛よりももっと大きくて、もっと無慈悲なカテゴリのもの。祝福でも呪いでもあるもの。出会ってしまったが最後、もう逃げられないもの。昔の人ならこういうのを宿世とか業とか呼んだのではないでしょうか。とことん一筋縄ではいかない、つらくて熱い物語だと思います。
『テルマ&ルイーズ』よりも強烈
『テルマ&ルイーズ』には「女VS男」という明快な対立軸がありましたが、『羣青』はもう少し複雑です。テルマたちにあったのが「男なんて!」という絶望だとしたら、レズさんと人妻のそれは、いわば「運命なんて!」「こんな人生なんて!」とでも言うべき絶望感。誰にも救い切れない、ぬばたまの闇のような閉塞感なんです。わかりやすい勧善懲悪や復讐劇に落とし込めない分だけ、物語はより苛烈なものになっており、旅の途中でふたりが経験するトラブルのインパクトは『テルマ〜』の比ではありません。第7話のバスルームのシークエンスなど、心臓止まるかと思いました。明暗のはっきりした、どこまでも力強いストーリーだと思います。
ゲストキャラたちについて
ヒッチハイク中のギャル、息子を過失で死なせた女性、レズさんの元彼女、元彼女の両親など、ゲストキャラ勢の掘り下げ方が非常によかったです。主役ふたりもそうですが、この漫画のキャラクタたちの共通点は「どうしようもなくおバカな点があること」。誰も他人事として笑い飛ばせないようなやるせない愚かさを、すべてのキャラが抱えています。この作品が単なるサスペンスものの枠を越えて、もっとぐっと身近なものに感じられるのは、たぶんそのせい。要するにこれは「特殊な人の冒険を安全圏から眺めるための物語」ではなく、「ひょっとしたらアナタやワタシだったかもしれない、おバカな人間たちの群像劇」なんです。まるで映画『マグノリア』のような重層構造ですべてのキャラのつながりを見せていく「番外編」など、特によかったです。
絵について
劇画調の独特の絵柄なのですが、キャラの表情がとにかく迫力満点。伝わってくるものが多すぎて、目をそらせなくなってしまうような表情が随所にあります。また、緻密に描き込まれた背景や、大胆な画面構成などもすばらしかったです。
まとめ
堅い拳をしたたかに心臓に打ち込んでくるような衝撃作。萌え萌えキュンキュンな百合ものとは100万光年ぐらいかけはなれたところにある作品ですが、それこそがこの漫画の最大の魅力だと思います。いやー、すげえもん読んだ。堪能した。幸せ。次巻も必ず買います。