石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『オクターヴ(5)』(秋山はる、講談社)感想

オクターヴ(5) (アフタヌーンKC)

オクターヴ(5) (アフタヌーンKC)

今回もチクチクくる展開

元アイドル「雪乃」と作曲家「節子」の危なっかしい百合ラブストーリー、第5巻。今回もチクチクズキズキくる展開で、非常に心臓に悪かったです。あ、でも男の影はさしませんよちなみに。この巻でいちばん印象に残ったのは、雪乃の郷里の友人「鴨ちゃん」のエピソード。わかりすぎてリアルに胸が痛いです。いるんだ、ああいう人。本当に。

鴨ちゃんヒドス

以下、とあるいきさつで雪乃と再開した鴨ちゃんの台詞(pp. 159 - 160)です。

私な 宮のごどが本当に本当に心配で……でも私にでぎるごどってなんなのかわがらなくて――
だがらね……彼氏に相談しちまったの
そしたらその彼が卒業後のクラス会の飲み会でつい口を滑らせちまったみたいで――
ほんとごめん だがら……
うちの高校の卒業生の間でけっこう広まっちまってると思う 宮と岩井さんのごど……

というわけで。

よせばいいのに雪乃のセクシュアリティを彼氏にばらしたあげく、その彼氏とやらがお気軽に同級生に広めまくったってことですよ。

いるいるいるいるこういう人! 同性とつきあうってことがどういうことなのかひとっつも想像できず、男女の恋バナと同じぐらいの軽さで「つい」他人に喋りまくる人! んでもって、事態が収拾つかなくなってから、「ごめん」とか言って謝れば済むと思ってる人! 「心配」と言いつつ、実は相手のことなんか1ミリも考えてなくて、単に自分が秘密をぶちまけて楽したいだけの人!

なんつーかね。ヘテロの中の、すべての恋愛を男女恋愛基準でお気軽に考えちゃうタイプの人の鈍感さ、残酷さをぐりぐりえぐり出すようなエピソードだと思ったさ。あああああ胸糞悪い。ていうか、いろいろといらんことを思い出して、比喩ではなしに胸の真ん中がギリギリと痛いです今。ちっくしょー。

鴨ちゃんのこの台詞に対する雪乃の反応も、見ていて心痛みました。「ダダ漏れ」の雪乃らしからぬ、大人なフォローとはぐらかし方。そして、その後でガツンと描かれるpp. 174 - 175の独白。さらに、母親とのあの会話。涙なしでは見られませんよ、もう。雪乃なりの成長と、背伸びしてもなおいっぱいいっぱいな辛さが伝わってくる、名シークエンスだと思います。

その他のチクチクズキズキ

今回もまた、雪乃としおりの距離が微妙に揺らぐ瞬間が出てきます。一方、節子は節子で理沙に「嫉妬」されたりしていて、なんだかんだでハラハラさせられ通しでした。ひょっとしたら、2人の(特に雪乃の)こういう危なっかしさにビッチだの何だのと腹を立てる人もいるかもしれません。でも、あたしは逆に、ビッチどころか2人の痛々しいまでの幼さ・未熟さが伝わってくる展開だと感じました。で、そここそがこの作品の大きなポイントなんじゃないかと考えています。

結局これって、少女と少女の物語なんですよ。厳密に言うと節子の方が少しだけ先を行っていて、雪乃がそれを追う形にはなっていますが、基本的には未熟者2人の生々しくもいたいけな恋のお話だと思うんです。つまりは、ラブストーリーでありながら、少女2人が恋によって傷つき、恋によってほんの少し成長する瞬間を積み重ねて行くビルドゥングスロマンでもあるわけ。女女恋愛を「男女恋愛の生々しさから逃避するための夢のパラダイス」として消費したい方には徹頭徹尾向かない内容ですが、あたしは好きです、こういうの。

まとめ

鴨ちゃんのアウティングやら雪乃のフラフラやらで、今回も心やすらがないこときわまりない1冊でした。でも、そういう痛々しさやしんどさこそが、かえって面白かったです。「百合はファンタジー☆」派の皆さんではなく、青臭くてイタタな思春期恋愛模様に「くーっ」とのたうち回りたい大人にこそおすすめな佳品と言えましょう。巻末予告によると次巻で完結だとのことですが、このズキズキ来る物語がいったいどんな着地点を迎えるのか、今から楽しみです。