石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『灯台守の話』(ジャネット・ウィンターソン[著]/岸本佐知子[訳]、白水社)感想

灯台守の話

灯台守の話

鮮烈にして幻想的な現代寓話

すっげー面白い! すごい人が書いてすごい人が訳した本は、やっぱりむちゃくちゃ面白い! たまらん!

この小説のメインキャラクタは、みなしごの少女シルバー、盲目の灯台守ピュー、そして二重生活を送る鬱屈した牧師ダーク。ピューがシルバーに語って聞かせるダークのお話を軸に、物語は奇想天外なフットワークをでずんずん進んで行きます。寓話的、または幻想的とも言える不思議な筆致には、第一章からわくわくさせられっぱなし。だって、こんなだよ?

わたしたちの家は、崖の上に斜めに突き刺さって建っていた。椅子は残らず床に打ちつけてあり、スパゲッティを食べるなんて夢のまた夢だった。料理はどれもお皿にくっつくものばかり――シェパードパイ、グラーシュ、リゾット、いり卵。いちど豆料理にしてみたら結果は大惨事、いまだに部屋の隅っこから埃にまみれた緑色のものが見つかることがある。

これはシルバーが母親と育った小さな家の話(p. 11)。まるでマザーグースみたいで、いったい何が始まるのかと胸躍りました。けれどもこの本で目立っているのは、こうした突飛な設定だけではありません。たとえば灯台の小さな台所で「闇といっしょに」ソーセージを焼く場面のあざやかさと言ったら。嗅覚と味覚をドンと押し出すことで、シルバーとピューが身をひたす闇の深さがいっそうきわだつ名場面です。シルバーの愛犬ドッグ・ジムの描写に代表される飄々としたユーモアもステキ。また人物描写の面では、いじわるで悲観的な教師ミス・ピンチのこのシーン(pp.26

  • 27)なんて、思わずにやりとさせられました。

「もし気に入らなかったら、また戻ってきてもいいですか?」

「だめです」

「ドッグ・ジムは連れていってもいい?」

「ええ」

ミス・ピンチはすごく悔しそうにその<イエス>を言った。彼女みたいなタイプの人にとって、<イエス>は負けやあやまちを認めるのと同じことだ。<ノー>こそが力なのだ。

いるよいるよ、こういう人! 日本にもいっぱいいるよ! すばらしい観察力だよジャネット・ウィンターソン! これから「<ノー>こそ力」タイプの人を見かけたら、心の中でこっそり「ミス・ピンチ」とあだ名をつけることにします。

てなわけで、つまりこの本のおもしろさは、「どこまでも奔放なイマジネーションを、鋭い観察眼と的確な描写力とでくるくる編み上げてみせた」というところにあるんです。一見とんでもないほら話なのに、思わずぐぐっと共感させられてしまうのは、そのせい。また、全体をつらぬく、「物語を語ることによって人は救われる」というテーマも愚直なまでにまっすぐ胸に飛び込んできて、よかったです。灯台や扉というモチーフの使い方や、7日間海を漂流した男の話など、うまいよねえ。

最後に、この本のレズビアニズムについて。ジャネット・ウィンターソンの小説ですから、そりゃ出てきますよ女同士の関係。その書き方が心憎くてねー、「さあここから女同士のエピソードでござい!」と鳴り物入りで突入したりは絶対にしないの。あくまでも当たり前のこととしてさらりさらりと書いてあるから、鈍感な人なら、かなり読み進めるまではどこからが女同士の話なのか気づきもしないんじゃないかな。性描写もよかった。美しくて、真摯で。

まとめ

物語を読む楽しさをこれでもかと堪能させてくれる上に、物語を「語る」ことの力も実感させてくれる傑作。強烈なイマジネーションの奔流をここまでたくみに制御してみせた手腕に拍手。さりげなく、かつ美しいレズビアニズムの描写もすばらしかったです。この本に出会えてよかった。