石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『ジゴロ』(中山可穂、集英社)感想

ジゴロ (集英社文庫)

ジゴロ (集英社文庫)

淋しさの中のほのかな光

ストリートミュージシャンにして女たらしのレズビアン、カイをめぐる連作短編集。ヘテロやトランスジェンダーのキャラも出てきます。キャラそれぞれの淋しさを描き出す一方で、闇の中にあるほのかな光も忘れない、いやむしろその光こそを核とする1冊だと感じました、一歩間違えば単なる無邪気で残酷なスケコマシにも見えかねないカイという女性が、ページが進むにつれどんどん立体的かつ魅力的になっていき、はたと気がつけば彼女の孤独とささやかな希望とをしみじみとお相伴している自分がそこにいました。微苦笑とともに本を閉じる頃には、「幸せって案外こういうものかもしれない」と安堵にも似たやすらぎすらおぼえていたりして。

バカボンのパパじゃないけれど、この本のテーマは「これでいいのだ」なのではないでしょうか。人はみな愚かで淋しくて、恋や結婚やセックスでは埋めきれない欠落を抱えているけれど、それでもたまさか「カシミヤのコートのように」(p. 221)暖めたり暖められたりすることはできる。おいしいものを食べて、貴重なデートを楽しんで、それでまたなんとかやっていくことはできる。それでいいじゃん。それで行こうぜ。というのが、この物語の骨子なんじゃないかとあたしは思いました。

収録作の中で特によかったのは、「ジゴロ」「ダブツ」「上海動物園にて」の3編。まず「ジゴロ」では、子持ちの人妻に手を出したカイが妄想するむごたらしい「天罰」のイメージと、そのイメージよりさらに怖い後半の展開に驚かされました。「ダブツ」は、カイが16歳の小娘に乞われて1度だけセックスしてやるお話。「ボランティアはこれでおしまい」(p. 123)なんて台詞や、「いたずら小僧を扱うように鼻をつま」む場面(p. 128)など、細部のリアル感が楽しいです。そして大トリの「上海動物園にて」では、カイがデート相手の孤独な人妻・順子に投げかけたくて結局投げかけられなかった以下のことば(p. 207)がすばらしかった。

外国で、無防備に、こんなに淋しそうに笑ってはいけない。ひとりで動物園の観覧車に乗りに来てはいけない。二時間もパンダを眺めていてはいけない。おいしいものはもっとたくさん食べなくてはいけない。

ここがこの本のキモだと思うんですね。順子のみならずカイ自身や読者に向かっても呼びかけられた、祈りにも似たメッセージだと思います。この独白とみごとに響き合っている、静かであたたかなエンディングもよかった。

まとめ

「女を愛する女たちの激しく狂おしい官能」なんていう裏表紙(集英社文庫)の売り文句に騙されてはいけません。これってもっとささやかでいたいけな幸せに主眼を置いた短編集ですよ。不倫もあればけっこうな修羅場もあるのに、どこかユーモラスで前向きなメッセージがちゃんと仕込まれていて、あたたかい読後感をじんわり楽しむことができました。