石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『捜査官ケイト』(ローリー・キング[著]/森沢麻里[訳]、集英社)感想

捜査官ケイト (集英社文庫)

捜査官ケイト (集英社文庫)

レズビアン捜査官ケイト・マーティネリ登場

サンフランシスコ市警のレズビアン捜査官、ケイト・マーティネリ・シリーズ第1作。1994年度エドガー賞受賞作。連続女児殺害事件と、それに繋がる過去の謎が解き明かされる中、控えめながらも手応えあるレズビアン・テーマが描かれます。複雑で挑発的なプロットも、魅力あるキャラ造形も、今読んでも少しも色あせることないおもしろさです。

レズビアン・テーマの描き方

「途中までケイトの恋人のジェンダーをわざと伏せる」というたくらみがおもしろいです。もっとも、よく見るとケイトが恋人を「彼氏」と称されて反論しかける場面(p. 27)や、「ノーマル」という語へのひっかかりを見せる場面(p. 57)なども用意されていて、わかる人なら最初からわかるようになってはいるのですが、発表当時はまんまとだまされた人もいるんじゃないかな。この仕掛けそのものに、異性愛主義への皮肉が込められている気がします。

お話の中には女性同士のベッドシーンも登場しますが、描写は非常に淡泊で、見て欲しいのはそこではないのだということがわかります。この本の中でレズビアン・テーマがもっとも強く打ち出されているのは、ケイトがかたくなにクロゼットに居続ける場面や、そのケイトがあるきっかけから思い切った行動に踏み切る場面です。おそらく作者は、レズビアンをマジョリティが眺めて楽しむ客体としてではなく、マジョリティの中にある無自覚な偏見や傲慢さを映し出す鏡として描いたんじゃないかと思います。

二転三転するプロット

複雑で手が込んだプロットは、読者を最後まで飽きさせません。冒頭だけ読むと、幼女の遺体発見シーンのあまりの鮮烈さに、てっきりシリアルキラーものだと思ってしまうんですよ。しかしその後、お話の舞台となる奇妙なコミュニティ「タイラー・ロード」が洪水で外部と隔絶され、「実は『クローズド・サークル』もの?」とも思わせます。そうこうするうちにタイラー・ロードの住人、美貌の画家ヴォーンに陰惨な前科があることがわかり、しかも……という具合に、常に意外性が駆動力となって物語を推進させていくんです。真犯人が確定されてからもその力は衰えず、クライマックスのサスペンスは一級品。そりゃ、エドガー賞も獲るわ。

ちなみにこの小説、エドガー賞のみならず、1995年度CWA最優秀新人賞にも輝いています。同時受賞はジャネット・イヴァノビッチの『私が愛したリボルバー』だと言えば、そのおもしろさの水準が伝わるでしょうか。

キャラ造形について

「女という<少数派>だから」という政治的理由で事件を担当させられて肩肘を張っているケイトと。こわもてでぶっきらぼうなホーキン巡査部長という組み合わせは、序盤だけ見るといささか典型的すぎるようにも思えます。しかし、このホーキンという古強者の深みがいいんですよ。彼の思いやりや無防備さはマチズモとはほど遠いし、しだいに打ち解けたケイトとかわす軽口の応酬を見ても、彼が陳腐な「男vs女」の図式になどとらわれていないことがわかります。話が進めば進むほどバディ物としての面白みが増すのは、このベテラン捜査官の魅力によるところが大きいかと。

ホーキンが一目惚れした女性のひとり娘、ジュールズもいい味出してます。小学生ながらめっぽう口が立つ、法律家志望の11歳で、シリーズ3作目『消えた子』では主要人物へと昇格も果たす重要キャラです。今にしてみると、1作目からして既に存在感たっぷりなんですよね。滑稽なおとなびた物言いと、年齢相応のあどけなさとの取り合わせがユニークで。

まとめ

ひねりのきいたプロットと魅力的なキャラ、ビターなレズビアン・テーマと3点揃った力強いミステリでした。何度読んでも楽しめる傑作です。