Why Be Happy When You Could Be Normal?
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Why Be Happy When You Could Be Normal?
- 作者: Jeanette Winterson
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鮮烈な回想録
『オレンジだけが果物じゃない』(感想 )の著者、ジャネット・ウィンターソンの回想録。『オレンジ~』の裏話兼後日譚とでも言うべき内容で、彼女のどの小説にも劣らぬ面白さでした。痛みの中にもユーモアを忘れない文章が、相変わらずみごと。
「ひとり華氏451度」な少女時代
『オレンジ~』を初めて読んだとき、「25歳でこの筆力って、いったいどんなバケモンなの!?」と驚嘆したものです。彼女のこのマジカルな筆力の土台にあるものが何なのかを、この本は解き明かしてくれています。
ジャネット・ウィンターソンを育てた狂信的キリスト教徒の養母は、彼女に抑圧的な教育を施し、さまざまなことを禁じていました。フィクションを読むことも、そのひとつ。でも16歳のジャネットはある日、町の図書館でT・S・エリオットの詩劇『寺院の殺人』に出会い、その場で泣き出してしまいます。館内で泣いているわけにもいかないので、本を外に持ち出し、階段に座って北風に吹かれながら全部読み切ったのだそうです。"I had no one helped me, but the T. S. Eliot helped me."(助けてくれる人は誰もいなかったが、このT・S・エリオットがわたしを助けてくれた)と彼女は書いています。"A tough life needs a tough language - and that is what poetry is."(タフな人生にはタフな言葉が必要だ――それが詩というものなのだ)とも。
その後少女ジャネットはアルバイトで稼いだお金で本を買い集めるようになりました。母親にばれないよう、ベッドのマットレスの下に隠して。シングルサイズのベッドだと、1層につき72冊のペーパーバックが隠せるんだそうですよ、知ってた? でも、ある日ついに母親が本を見つけ、全部焼いてしまいます。まるでブラッドベリの『華氏451度』みたいに。
ジャネットはどうしたか。箇条書きにすると、こんなです。
- 焼け残ったページの切れ端を拾い集めた。このことが後日彼女の小説の、物語の断片をつなぎ合わせるようなスタイルにつながった。
- 「頭の中にあるものなら奪われない」と考え、本のテクストを暗記し始めた。結果として、19世紀英文学のコンサイス版を頭の中に構築することに。
- "Fuck it, I can write my own."(ちくしょう、自分で書いてやる)と、自分で物語を書き始めた。
つまり、彼女の文学の原点が、ここにあったわけ。
「文学など人生の役に立たん」「大学は職業教育をすべき」などと叫ぶ声がかまびすしい現代日本では、ひょっとしたらこういったエピソードは理解されがたいのかもしれませんね。でも、「タフな人生」の中で、やはり言葉と本に救われたことがある人ならば、全身の血管がアドレナリンで沸き返る勢いで「わかる、わかる、わかる!」と叫びたくなること間違いなし。言葉って、本当に、持たざる者の最後の武器であり魔法ですから。
生母をめぐる冒険
巻の後半は『オレンジ~』以降の話。ジャネットの生母探しをめぐる、まるでミステリのような謎と発見に満ちた展開となっています。自伝的エッセイとして書かれた文章ながら、「世界を物語として読み解く」というこの人ならではのスタイルが冴えわたっており、オデュッセイアからハリー・ポッターまで古今東西の物語を引きつつ結びの1文へとなだれ込む第15章など、まさに圧巻のひとこと。
この本って、早い話が「自己発見の旅の物語」だと思うんです。それをもっとも端的に表しているのが、この15章なんじゃないかな。そこらの小説が束になってもかなわない、生々しく美しいドラマでした。
その他
著者本人の朗読によるオーディオブックもとても味わい深かったです。養母であるウィンターソン夫人の口調など、独特のユーモアがあり、彼女に対する著者の複雑な愛情が伝わってくるかのようでした。あたしはこの本、Audibleで聞きながらKindle版を読んだのですが、ノンネイティブスピーカーには字面だけでは把握しにくい行間のニュアンスを、この朗読があますところなく伝えてくれたと思います。
まとめ
小説家の魔術的な手さばきの背後にあるものを垣間見せてくれる、率直で洞察に富むメモワール。1冊まるごと波瀾万丈の知的冒険と呼べる面白さなのに、なんで邦訳が出てないんだろう? 読める人は読んでおいた方がいいよ、この本はすごいよ。