コミカルで痛烈な女囚群像劇
米国の映像配信会社Netflix製作による、女子刑務所が舞台のドラマ。同名の実録手記を下敷きに、多種多様な女囚たちの群像劇が時にコミカルに、時に痛烈に綴られます。LGBT要素多めのドラマとしても大傑作。Amazonで日本語版購入可。(※追記:2015年9月2日より、日本のNetflixでも見られるようになりました!)
猫にマタタビ、レズビアンにローラ・プリポン
このドラマの主人公「パイパー・チャップマン」(テイラー・シリング)は、自分の特権に無自覚な金持ちWASPのお嬢さん。優しい男性婚約者がいて仕事の計画も順調、前途は洋々と思えたところで、以前麻薬の密輸に手を貸していたことがばれ、懲役15ヶ月の刑に……というところから、物語が始まります。
パイパーをドラッグビジネスに引きずり込んだのは、当時の彼女だった「アレックス・ヴォース」。この元カノ、アレックスを演じるローラ・プリポンの存在感が、本作のレズビアン・ドラマとしての名声を不朽のものにしたと言っても過言ではないでしょう。シーズン1が配信された2013年、全世界のレズビアン(英語がわかる範囲の)がどれだけこの黒縁眼鏡の長身キャラ、アレックス・ヴォースに熱狂したかは筆舌に尽くしがたいほど。タフで知的で大胆で、刑務所で再会したパイパーをあっという間に落としてしまうほど魅力的で、しかも時々驚くほど繊細な表情を見せるんですよ、この女ときたら。
ローラ・プリポンはサイエントロジー信者でありながら同性愛を支持しており、自分がレズビアンに好かれやすいタイプだという自覚もあるみたい。2013年のo.canada.comのインタビューでは、「レズビアンのコミュニティからファンレターは届きましたか?」という質問に対し、以下のように答えています。
あのね、わたしはレズビアンにはすごく好かれるんです。背が高くて声も低いから、「こんにちは、キャットニップ(訳注:和名は『イヌハッカ』。マタタビ同様猫をひきつける植物)です!」みたいなもので。
Dude, lesbians love me. I’m tall, I have a deep voice, I’m like, ‘Hello, catnip!’
シーズン1の13話すべてをぶっ通しで見た今、「確かにこれはキャットニップ」と力強くうなずかざるを得ません。個人的にアレックスのベスト・シーンは、洗濯室で狂信的キリスト教徒の女を相手にもっのすごい名台詞で啖呵を切る場面(第7話)。何度観ても惚れ惚れしてしまいます。
その他のLGBT要素について
レズビアン要素は上記以外にもたっぷり。しかも、それがヘテロ(の一部)が好みそうなステレオティピカルなレズビアン幻想に迎合するどころか、そうした幻想をぶっ壊すカウンターとして機能しているところが実に痛快です。たとえば、女囚同士の性的関係に異様な執着を見せてパイパーにつきまとう男性看守「ヒーリー」にパイパーがぶつける以下の台詞など、「百合カップルに混ざりたい」などと抜かしている百合クラスタに100万回言って聞かせたいぐらい。特に前半。
「あたしたちはレズビアンに気持ち悪い妄想を抱いてる無知なうぬぼれじじいとはファックしないのよ! あたしたちが好きなのは、背の高いセクシーな女の子」
"We don't fuck ignorant, pretentious old men with weird lesbian obsessions! We go for a tall, hot girl."
また、本物のトランスジェンダーの女優ラヴァーン・コックスの演じる女囚「ソフィア・バーセット」を通して追求されるトランスジェンダー・テーマも非常によかったです。まだ「男性」として生活していた頃のソフィアをラヴァーンの双子の弟が演じるというアイディアも光っているし、ラヴァーン本人の演技も、エミー賞にノミネートされたのが当然と思える力強さと繊細さでした。
群像劇&社会派ドラマとしての『オレンジ・イズ・ザ・ニュー・ブラック』
厳密に言うと、『オレンジ・イズ・ザ・ニュー・ブラック』は、実はレズビアンドラマでもLGBTドラマでもありません。では何かと言うと「社会的テーマを持つ群像劇」と称するのがいちばん正確かと。LGBTテーマは、あくまでそのテーマの一部なわけ。
この作品の英語版キャッチコピーは"Every sentence is a story."。直訳すると、「どの刑もひとつの物語である」。ドラマは本当にこの通りに、ひとりひとりの女囚の過去をフラッシュバック形式で少しずつ解き明かしていく構成になっています。
序盤でおっそろしい悪役として登場するロシア人「レッド」(ケイト・マルグルー)の過去に、何があったのか。狂信的キリスト教徒「ペンサタッキー」(タリン・マニング)はなぜこんな人になったのか。殺人者と噂される「ミス・クローデット」(ミッチェル・ハースト)は、本当は何をしたのか。女たちの過去の断片がパズルのようにひとつひとつはまっていくたびに、この猛獣の檻みたいな刑務所が実は単なる社会の写し絵でしかないということがひしひしと伝わってきます。グロテスクなモンスターなどどこにもいなくて、この社会そのものがグロテスクなのだと、否応なしに気づかされてしまうわけ。そこがもっとも胸にしみるところでした。
詩とユーモアについて
階級問題、人種差別、人身売買、虐待、ドラッグ等々の深刻なテーマをはらみつつ、作品全体の雰囲気が決してドロドロしすぎないのは、詩的なトーンやユーモアがいい仕事をしているから。たとえば第5話など、チキンが1種のメタファーとなってお話を引っ張っていくあたりが文学的かつコミカルで、シーズン全体を象徴する回だと感じました。もっと直接的に詩が出てくる場面としては、パブロ・ネルーダとフロストが引用または解釈されるシークエンスもたいへん印象的でした。
まとめ
笑えて泣けてハラハラさせられて、胸に刺さりまくる人間ドラマ。レズビアン・ロマンス(パイパーがバイセクシュアルだとすれば、バイセクシュアル・ロマンスとも言えます)としてもよくできた作品なのですが、そこだけ見て終わりじゃもったいなさすぎる名作です。あたしは北米版DVDで見ましたが、日本語版はAmazon.co.jpのインスタントビデオでレンタルまたは購入できるので、そこで試しに1話ずつ見てみるのもいいかもよろしいかと思います。
『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』感想一覧
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