表紙のニホンザルは百合カップルです
この『Homosexual Behaviour in Animals: An Evolutionary Perspective』は、動物の同性愛行動に関するアカデミックな研究を揺籃期のものから最新のものまで振り返った上で、主に鳥類と霊長類についての比較的新しい論文を集めた本。表紙のニホンザルはメス同士のカップルです。え、「上下関係を示すためにマウンティングしてるだけだろ」? 違うんです。研究によれば、ニホンザルはこの動作でクリトリスの摩擦による性的刺激を得ているんだそうですよ。「オスがいなくて欲求不満なだけで、同性愛ではないのでは」? それが、興味を持ったオスが近づいてきても追い払うんだそうですよニホンザルのメスカップルは。「なぜ子供ができないのに同性愛行為を?」そう、まさしくその問いに答えるのがこの本。
Bagemihl(1999)*1が、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、昆虫類、クモ、無脊椎動物など数百種の生物に同性愛行動が存在するというエビデンスを広く世に紹介してからはや16年。現在の生物学では、同性愛行動は「動物界全体に広くみられる行動パターン」(p. 5)とみなされています。本書は、その生物学の分野で動物の同性愛がどのように研究されてきたか/研究されているかが一望できる良著。過去のホモフォビックな説から最新の進化生物学的意見に至るまで、ものすごくおもしろかったです。
科学以前の考え方にさようなら
特に最高だったのは第1章(序論)。「生命は生殖のために存在する」という俗説を「科学以前の考え方」と切って捨て、ダーウィン主義による「個体は生殖のチャンスを最大限にせねばならない(だから生殖をともなわない性交より、生殖をともなう性交の方が好まれて当然)」という言説の矛盾をえぐり、科学者たちが進化論的観点からどのように動物の同性愛行動を説明してきたかを網羅的に説明する章です。さまざまな仮説とそれを支持する例、支持しない例、反論などが詰め込まれており、読みごたえたっぷり。時間がない方は、この章だけでも読む価値ありですよ。
実はこの本を読んだきっかけは、渋谷区の同性カップル証明書条例案に関して、「同性愛は『生物学的に』間違っている!」「種の保存が危うい!」「自然が(ry」「本能が(ry」という、おきまりの反発を数多く目にしたことなんです。「ほうほう生物学ねえ、ところで最近の生物学が同性愛をどうとらえているのかご存知?」と言い放ちたいというだけの動機で、Amazonで買ってみたんでした。でも動機はどうあれ、これ読んでよかったですほんとに。ネットで比較的人気がある血縁淘汰説や個体数調整説に対する批判もわかりやすかったし、これまで知らなかった研究も多く、「今、何がどこまでわかっているか」をつかむのにたいへん役立つ本でした。アカデミックな知識を得るには、ニュースやGoogle Scholarで見つけた論文のアブストラクトを断片的に読むだけでは駄目ですねやっぱり。本やジャーナルをがっつり読まなきゃ。
ちなみに第1章以外で興味深かったのは、上記のニホンザルのメス同士の同性愛行動について書かれた第9章と、福岡県相島のノラネコのオス同士のマウンティングを分析した第7章。「同性愛を認めたら種が滅びる」論者の方々は、ほかならぬこの日本のニホンザルもノラネコも滅びていないという事実に真摯に向き合うべきじゃないですかね。
第1章 序論「動物の同性愛: 話題、仮説、そして研究の軌跡」サマリー
上で述べた第1章の内容について、読書メモからかんたんなサマリーを作ってみました。ご参考まで。
- ダーウィン説のパラドックス?
- 科学以前の考え方:「生命体は生殖のために存在する」
- ダーウィン説の考え方:「個体は生殖のチャンスを最大限にせねばならない」
- しかし実際には多種の生物が同性愛行動をいとなんでいる
- 初期の動物行動研究:同性間の性的行為を「偶然」「病気の兆候」「飼育下の異常行動であり『自然』ではない」として片付けた(たとえそれに反するエビデンスがあっても無視された)
- 自然状態での動物の同性愛行動のエビデンスが数多く発見されるにつれ、もはや例外や病理として説明することはできなくなった
- 動物の『同性愛行動』を定義する
- 本書における性的行動の動物行動学的定義
- 求愛行動
- マウンティング
- 2個体間での性器接触
- 本書における性的行動の動物行動学的定義
- 「動物の同性愛行動」という言い回しへの批判と反応
- 「『同性愛行動』はヒト特有のもの」という批判
- 反論1:「同性愛行動」は、性的指向やそれにもとづくアイデンティティー(ゲイ、レズビアン、バイセクシュアルなど)の同義語ではない
- 反論2:動物の行動に、ヒトの行動の正確な相対物であることを求める方が変
- 人間は異性パートナーと同居し、正常位でセックスするが、ほとんどの動物はそんな行動をとらない。だからと言ってこれらの動物は「異性愛行動」をしないということにはならない
- 「社会的機能による行動かもしれないのだから、性的動機を示す『同性愛行動』という語は不適」という批判
- 反論:性的な動機と社会的機能が両立しないとする理由はない
- 「『同性間行為』がいいよ」説
- 反論:それでは同性間の攻撃や毛づくろいまで含まれてしまう
- 「『同性間疑似交尾』がいいよ」説
- 反論:これは異性間の交尾がテンプレートだという仮定にもとづく考え方だが、実際には、同性間の相互行為が異性間の交尾とは明確に異なる例がたくさんある。(例:ニホンザルのメス間のマウンティング)
- 「『同性愛行動』はヒト特有のもの」という批判
- 至近要因:個体発生とメカニズム
- 動物の同性愛行動はどのような仕組みで起こるのか?
- ミバエ:遺伝子がオス間の求愛行動を誘発する
- キンセイチョウのメス:ひな、または胚の時期にホルモンで処理されたメスは、成長後メスとつがいになることを好む
- フェレットのオス:視索前野/前視床下部を損傷させたオスは、オスの性的パートナーを好む
- ガン(ガチョウ)のオス:メスが比較的少ないとオス同士でつがいになる
- バイソン、ラングールモンキー:オスだけの群れだとオス同士の性的行動が増える
- ニホンザルのメス:おとなのオスよりおとなのメスの方が多い群れだと、同性愛行動が多くなる(発情中のオスザルと交尾できるチャンスがあっても、同性の性的パートナーの方が好まれる)
- バンドウイルカ、ノラネコ、ニホンザル、ハヌマンラングール、マウンテンゴリラ、ボノボ:性器への刺激により性的報酬を得る
- 動物の同性愛行動はどのような仕組みで起こるのか?
- 究極要因:機能
- 動物の同性愛行動はどんな機能を持っているのか?
- 「個体数調整」仮説:固体密度が増すと同性愛行動の頻度が増して、資源を手に入れるための負担を減らすとする説
- 現代の進化生物学では、欠陥がある考え方だとされている
- 仮説への反論1:このシステムは、集団の益より個体の益を優先して自分の遺伝子コピー(子孫)を作り続けるズルいやつに簡単にのっとられてしまう
- 未来の世代にこのズルい個体たちの遺伝子が増えていけば、同性愛行動をする個体はなくなるはずだが、実際にはそうなっていない
- 仮説への反論2:この説は、同性愛行動をするものは生殖しないという推定にもとづいているが、それを支持する明確なデータはない
- 動物には両性愛が広く見られるため、同性愛行動は必ずしも繁殖のさまたげとならない
- 仮説への反論3:資源の量によって同性愛と異性愛の間をスイッチすると証明するにはデータが足りない
- ゴリラやボノボのような絶滅危惧種でも同性同士の性行動は広く見られる
- 「 優越(支配)表現」仮説:同性愛行動は集団内の順位を再確認し、攻撃的相互作用を防ぐのに役立つとする説。マウンティングは優勢のディスプレイであり、マウンティングされることは服従のディスプレイであるとされる
- この仮説を支持する例:リスザルのメス、ベニガオザルのメス
- 反論1:ほとんどの研究では、「場合によっては下位の個体が上位の個体にマウンティングすることも珍しくない」とされる
- 反論2:下位の個体の方が多くマウンティングする種もある(マカク、シカなど)
- 反論3:体をこすりつける、尻と尻をこすりつける、口と性器または口と肛門の接触、相互マスターベーションなどの行為は、マウンティングする者とされる者の役割に分類できない
- バンドウイルカは自分のくちばし、ひれ、生殖器で相手の生殖器を刺激する→マウンティングする側、される側に分類できない
- 反論4:この仮説ではハイイロガンやフラミンゴの求愛行動を説明できない
- 反論5:マウントされる側が従属的だというのは、女性は従属的で男性は支配的であるべきだとする、人間の異性愛主義的発想からくるもの
- 「社会的緊張調整」仮説:同性愛行動は相手に性的な目的を与えることで緊張状態を緩和し、争いを防ぐとする説
- 例:ボノボのメス、ドングリキツツキ、シカのオスなど
- 「調停(仲直り)」仮説:攻撃の調節(制限)に失敗したとき、同性愛行動がもたらす満足感で社会的結合を再建するという説
- この仮説を支持する例:マカクのメスの同性愛行動は、争いの前より後に起こることが多い
- どちらとも言えない例:ボノボの同性愛行動はマカクよりアンビバレント
- この仮説を支持しない例:ニホンザルのメスでは、争いが起こると同性愛行動の表出はむしろ減る
- 「社会的結合」仮説:同性間の行為は愛情や交友関係を表しており、心身に報酬を与えることで長期的関係を再強化するとする説
- 例1:オスのアヌビスヒヒのあいさつ行動で、傷つきやすい生殖器であるペニスや陰嚢を相手にさわらせるのは信頼の証
- 例2:鳥類や哺乳類には、つがいで生活して同性愛行動をとる例が非常に多い(フラミンゴやハイイロガンなど)
- 反論:同性同士の性的行為が常に「友好的」とは限らない
- バイソンではしばしば敵対的な相互行為の延長としておこなわれる
- 「提携形成」仮説:社会的結合仮説をもう一歩進めた考え方。性的接触で社会的結合を強めることで、第三者との競争が有利になるとする説
- この仮説を支持する例:アカゲザルのメス、アヌビスヒヒのオス、ハイイロガン、フラミンゴ、バンドウイルカなど
- この仮説を支持しない例:ボノボ、ニホンザル、シカ、メスのラングールモンキーなど
- 「子どもへのケアの獲得」仮説:同性愛行動によって、パートナーに自分が産んだ子を育てるヘルパーになってもらうという説。性的行為はヘルパーがパートナーの子と接触する機会を増やし、性的快感が育児に対する報酬となる
- この仮説を支持する例:アメリカオオセグロカモメ、セイタカシギ、ハクガンなどモノガマスな鳥
- この仮説を支持しない例:メスのニホンザル(同性の性的パートナーの子に対してより攻撃的になる)
- 「つがう相手を誘惑する」仮説:異性間の交尾を真似ることで、交尾に乗り気でない異性パートナーの興味をそそるとする説
- 「マウンティングするメスが、オスのしぐさを真似ることで有力なオスをひきつけ、受精のチャンスを増やす」とする説(この説ではマウンティングされるメスにはメリットがない)もあれば、「マウントするメスもされるメスもオスをひきつけられるとする」という説もある
- 反論1:同性同士のマウンティングの多くは、繁殖期以外や、双方不妊だったり、オスが見当たらなかったりする環境(ニホンザル)でも起こる
- 反論2:ラングールモンキーやニホンザルでは、オスがメス同士の性的行為に関心を持たないことも頻繁にある
- 反論3:ニホンザルでは、オスが興味を持つと、メスがオスを脅したり攻撃したりして追い払うことがある
- 反論4:この仮説をオス同士の同性愛行動に当てはめるのは難しい
- 「競争相手の生殖抑制」仮説:マウントする側は、される側にオルタナティブな性的刺激を与えることで、ライバルが生殖する可能性を減らすとする説
- 例1:オスのコモンシギは、求愛中のメスに囲まれているライバルのオスにマウンティングする
- 例2:メスのバイソン同士のマウンティングは、オスが発情中のメスに求愛するのを邪魔する
- 例3:ノラネコのオス同士のマウンティングは、マウントされたオスネコのメスへの接近を減らす
- 反論1:つついたり叩いたり追い払ったりする方が効果的だろうに、なぜマウンティングするのか?
- インディアンラングールモンキーでは、交尾を邪魔するにあたり、直接的な攻撃の方が好まれる
- 反論2:同性間のマウンティングが本当に異性間の交尾の機会や受精率を減らしているという実証的データはない
- 「異性愛行動の練習」仮説:同性愛行動は、未成熟な個体が遊びを通じて将来の異性愛的役割に役立つスキルを学習するための機会を提供しているとする説
- 例1:マカクの研究では、若いときに適切なマウンティングの機会を得ることが、おとなになってからの異性間交尾の能力を高めるとされる(マウンティングパートナーと実際に交尾するかどうかは重要ではない)
- 例2:未成熟な個体同士の、遊び感覚の同性間相互行為は、イルカ、バイソン、ラングールモンキー、マウンテンゴリラなどで報告されている
- 反論1:性的経験を積む必要がないおとなも頻繁に同性愛行動をする
- 反論2:集団によっては、特定の個体だけが同性パートナーと性的接触をしていることもある。なぜ練習が必要な個体と、まったく必要ない個体がいるのか?
- 「血縁淘汰」仮説:同性愛行動をとる個体は、自分の子孫に直接時間やエネルギーをつぎ込む代わりに、血縁者の生殖を助けることで間接的に遺伝子を残すとする説
- 自分の子は自分の遺伝情報を半分受けつぐが、甥や姪は4分の1受け継ぐ。
- 同性愛行動をおこなう個体が、きょうだいがあと2匹子をつくるのを手伝えば、25%×2で50%の遺伝情報が残せる。
- 生殖しない個体が年下のきょうだいを育て、間接的に生殖に貢献する例:ハチやアリなど社会的昆虫、野生のイヌ、マーモセットなど
- 反論1:ヒトの同性愛行動に関しては、血縁淘汰説を実証的に裏付けられるだけのデータがない
- 男性同性愛者より男性異性愛者の方がきょうだいにより多くのリソースを与えていたとする研究もある(Bobrow and Bailey, 2001)
- 反論2:ヒト以外では、「巣のヘルパー」が同性愛行動をとっているとするエビデンスはほとんどない
- 性的な行動をまったくしなかったり、目に付かないところで異性間で生殖していることもしばしばある
- 自分の子は自分の遺伝情報を半分受けつぐが、甥や姪は4分の1受け継ぐ。
- 「個体数調整」仮説:固体密度が増すと同性愛行動の頻度が増して、資源を手に入れるための負担を減らすとする説
- 動物の同性愛行動はどんな機能を持っているのか?
- 究極要因:進化史
- 動物の同性愛行動は、どんな進化を経てきたのか?
- 「適応の副産物で、機能がないもの」仮説
- 例1:ニホンザルのメス同士の同性愛行動
- 1-1. メスがやる気のないオスを性交に誘うため、メスーオス間のマウンティングが適応として発達する(進化する)
- 1-2. メスがマウンティングによってクリトリスの刺激という性的報酬を得る
- 1-3. メスーオス間のマウンティングのニュートラルな副産物として、メス同士の同性愛行動が進化する
- 例2:ヒトの同性愛者男性の、母方の親族は多産
- 男性に惹かれる性質をもたらす遺伝子が、男性をゲイにし、女性を多産にしている可能性がある
- 生殖面で、女性の親族が多産になるメリットが男性が生殖しないデメリットを上回るために、自然淘汰の過程でこの遺伝子が残されたのかも
- 例1:ニホンザルのメス同士の同性愛行動
- 「不適応」仮説:同性間の行為は、適応にとってマイナスだとする説。同性愛行為はしばしば病気の現れであり、飼育下の不自然な環境などのために起こるとされる
- 反論1:動物の同性愛行動を「異常」と同等視するのはホモフォビア
- 反論2:野生動物の間にも同性愛行動は広く見られる
- 飼育下どころか、オーストラリアのシャーク湾、東アフリカのヴィルンガ火山、コンゴ中央の熱帯雨林など、地球上にこれ以上広々した環境はないようなところでも、動物の同性愛は広く観察される(イルカ、マウンテンゴリラ、ボノボなど)
- 「生物学的活況」(biological exuberance)仮説
- ダーウィン説の逆。同性愛行動および生殖をともなわない性行動は、「生体系のナチュラルな活況の表出のひとつ」とする説
- 「適応の副産物で、機能がないもの」仮説
- 動物の同性愛行動は、どんな進化を経てきたのか?
補足
科学の世界は日進月歩なので、2006年初版のこの本ではカバーされていない研究ももちろんあります。たとえば血縁淘汰説のところで、本書では「男性同性愛者より男性異性愛者の方がきょうだいにより多くのリソースを与えていた」という研究(Bobrow and Bailey, 2001)が紹介されていますが、VaseyとVanderLaanの研究(2011)ではこれとは逆に、「男性を性的パートナーとするサモアの男性たちは、甥や姪に対し、独身男女や子の父母よりも有意に利他的な行動をとっていた」と報告されています(参考:How Gay Uncles Pass Down Genes)。
おわりに
もう21世紀だというのに、せいぜい19世紀のダーウィニズム(『種の起源』が出版されたのは1859年です)以来何ひとつアップデートしていないような貧弱な知見で「生物学」や「自然」を語れると考えるのは、お笑いぐさというもの。少なくとも、非科学的だというそしりはまぬがれないでしょう。そのようなエセ科学、または「ぼくのかんがえたせいぶつがく」を根拠に社会政策を左右されてはたまったものではないので、このような本はもっと広く読まれるべきだと思います。単純に「巨人の肩の上に立つ」知的興奮を味わえる本としてもおすすめ。買ってよかったー!
Homosexual Behaviour in Animals: An Evolutionary Perspective
- 作者: Volker Sommer,Paul L. Vasey
- 出版社/メーカー: Cambridge University Press
- 発売日: 2011/02/17
- メディア: ペーパーバック
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*1:Bagemihl, B. (1999) Biological Exuberance: Animal Homosexuality and Natural Diversity. New York: St Martin's.