石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

身近な人がゲイだった。困惑するあなたがアウティング以外にやれることあれこれ(と、一橋大アウティング転落死事件について思ったことまとめ)※追記あり

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はじめに

ゲイであることを同級生にアウティングされた一橋大学法科大学院の男子学生が、パニック障害を発症し、授業中に転落死。遺族が大学と同級生を提訴したと報道されています。この事件に関して思ったことをざっとまとめました。

事件の概要については以下をご参照ください。

このエントリで書きたいことは、大きく分けて以下のふたつです。

  1. 「同性愛者からカミングアウトを受けて動揺・困惑した人が、アウティングしてゲイを殺す以外にできること」の具体例
    • 亡くなった学生がこの同級生に告白したことを「カミングアウト」と解釈した上で、「カミングアウトされた側の気持ちを考えろ」「誰にも相談するなというのか」などとし、この同級生がおこなったとされるLINEでのアウティング(本人の同意なしに同性愛を暴露すること)を擁護するような意見をネット上で複数見かけました。
    • 万が一にもこれらを真に受けて同じような暴露行為に走る人が出てきたら、たまったものではありません。そこで、身近な人がゲイだと知って困ってしまった人がアウティング以外にできることをいくつか紹介しておこうと考えました。
  2. その他、この事件から考えたことの簡易まとめ
    • とても全部は書ききれないので、考えたことのごく一部を箇条書き形式でまとめました。

身近な人がゲイだと知って困惑するあなたがアウティング以外にやれることあれこれ

1. 同じ経験をした人と話してみる

性的少数者の家族や友人のためのサポート団体というものが世の中にはあり、世界的に有名なのはPFLAGです。日本で同様の活動をしている団体には、「NPO法人LGBTの家族と友人をつなぐ会」があります。以下、同団体のWebサイトの「LGBTの家族と友人のみなさんへ」というページから引用します。

大切な人から「自分はLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーなど)なんだ…」とカミングアウトされたとき、あなたはどのように感じられたでしょうか?

驚き、悲しみ、怒り、恐れ、困惑…。どのような感情を持たれたとしても、それはごく自然なことです。私たち「LGBTの家族と友人をつなぐ会」のメンバーも、あなたと同じように大切な人からカミングアウトを受け、それぞれがさまざまな感情を持ちました。

でも心配することはありません。統計によれば、10人に1人はLGBTの人が存在しています。言い換えれば、4家族に1家族の割合でLGBTの人がいることになりますし、またほとんどの人が自分の人間関係の中で、少なくとも1人のLGBTの人とはつながりを持っていることになるのです。 つまり、あなたは決して一人ではないということです。

カミングアウトされて苦しいと感じる人びとに対して同団体が勧めているのは、同じ経験を持つ人と体験談や考えをシェアしたり、LGBTについて学んだりすることです。まずは上記サイト内の参考資料基礎知識体験談などのページを見ることから始めてみては。

2. 知識を増やす

「知は力なり」です。そのものずばり「もしあなたがカミングアウトされたなら」という副題を持つ、こちらの本が大変おすすめです。メインタイトルには「先生と親のための」とありますが、友人知人の立場で読んでも得るところは大きいはず。

先生と親のための LGBTガイド: もしあなたがカミングアウトされたなら

先生と親のための LGBTガイド: もしあなたがカミングアウトされたなら

(2016年12月19日追記)1冊だけでもなんなので、他のおすすめ本も少し載せておきます。

LGBTってなんだろう?--からだの性・こころの性・好きになる性

LGBTってなんだろう?--からだの性・こころの性・好きになる性

3. 電話相談してみる

性的マイノリティ当事者だけでなく、そのまわりの人も対象としている電話相談窓口というのも実はけっこうあります。

以下、上記『先生と親のためのLGBTガイド もしあなたがカミングアウトされたなら』(遠藤まめた、合同出版)で紹介されている、性的マイノリティの家族や友人、同僚、先生などが相談できる窓口のリストです。それぞれの窓口の電話番号は、各リンク先で確認してください。

上記のほか、こんな窓口もあります。

4. その他(2016年8月10日追記)

このエントリに関してナイスなツッコミをいただきました(ありがとうございます!)ので、多少補足を。

確かにその通りだと思います。ただ、

  1. それができる人なら最初から悩まなさそう
  2. 相談された人がセクシュアリティに関する知識に疎い場合、「体を狙われているのでは」「レイプされるかもしれない」「絶縁すべき」などと最悪の意見を吹き込まれるかもしれない

と考え、特に2の方のリスクが怖いので、その心配がまずなさそうなサポート団体・書籍・電話相談の3つを勧めることにしたんでした。

もしもカミングアウトしてきた人と接点がなく、かつ妥当なアドバイスをもらえそうなコミュニティが身近に存在するのであれば、もちろん直接そちらに相談した方が手っ取り早いと思います。

その他、今回の事件に関して思ったことあれこれ

  • 今回一橋大で起こったことは氷山の一角、腐るほどあるアウティング事件の一例にすぎない
    • 被害者の死や、それに次ぐ訴訟などが報道されたから注目されただけで、似たような暴露事件も、報道されない自死も山のようにあるだろう
    • いったい何人死ねばこんな事件がなくなるのか
  • このニュースを知って最初に連想した類似事件は以下のふたつ。スティグマは人を殺すのよ
  • 亡くなった彼に、世知に長けた年上のゲイ友達が(いたかもしれないけど、もっと)たくさんいればよかったのに
    • そしたら「自分のときはこうだった」「自分の友達はこうだった」みたいな先達の知恵が聞けて、少なくとも死なずに済んだかもしれないのに
    • ていうかあたしにさえありますからね、被アウティング経験
      • 悪意に基づく暴露ではなくて、「恋に性別は関係ない! 同性愛者だからって人前で恋バナができないのは変!」みたいななんかキラキラした発想から勝手に言いふらされたんだけど、あれは迷惑だった。ものすごく迷惑だった
      • 今回の事件で「LINEでばらした同級生は悪くない、世の中の方が『ゲイだからって、それが何?』と答えるべきなのだ」と主張する人を複数見かけたけど、現状で世の中がまったくそうなっていないのに、にもかかわらず暴露したというところが問題だって話でしょこれは
  • 一橋大学は学生に安全な学習環境を提供できなかった責任を問われてしかるべき
    • 被害者が助けを求めた時点で適切な対応ができていれば、せめて転落死は避けられたかも
    • 同性愛者に性同一性障害を専門とするクリニックへの受診を勧めたということから、学校側が性的指向と性自認の違いさえ把握していなかった可能性がある
      • もしも本当にこのふたつを混同していたのだとしたら、性的マイノリティの自殺念慮のリスクの高さや、アウティングのもたらすダメージが理解できていたとは考えにくい
    • パニック障害を患っていた被害者に「模擬裁判の欠席は前例がない、卒業できないかもしれない、などとプレッシャーをかけ」たのだとしたら、無知・無理解を通り越してハラスメントに近い
    • Nabozny v. Podlesny(1996)から丸20年も経っているのに、仮にもロースクールでこのざまとは。日本、遅れすぎ
    • せめてこの裁判で判例ができて、異性愛(だけ)を前提とした学校運営には問題があるという認識が広まってほしい
  • 東京府中青年の家裁判(1994)でおなじみの「同性愛者だと知らされ動揺させられた異性愛者の側こそが被害者」的な説を唱える人がきっと出てくるだろうと思ったら、案の定そういう人が山のようにいて大笑い
    • やっぱり日本、20年間進歩してないんじゃ……
    • それともこの人たち、獄中でどうやってか日本語を覚えたアーロン・J・マッキニーやラッセル・A・ヘンダーセンなのかしら……
    • 東京都が同性愛者団体を宿泊施設から排除したことを正当化するために持ち出したこの珍説が裁判でいかに退けられたかについては、『もうひとつの青春 同性愛者たち』 (井田真紀子、文春文庫)や『同性愛と異性愛』(風間孝&川口和也、岩波新書)等に書いてあるんだけど、知らない人が多いのかも
  • この事件で初めて「アウティング」という言葉を知ったとおぼしき人たちが、さっそく「男女の恋愛でも『同じ』ことがある」「自分だって異性に告白したときにアウティングされた」などと言ってこの言葉を簒奪しようとしているのが腹立たしいやら悲しいやら
    • 「同じ」だなんてありえない。アウティングとはもともと、公人の立場を通して同性愛差別に加担しているクロゼットのゲイに差別をやめさせるため、同性愛者であることを暴露する行為を指す言葉で、ニューヨークのジャーナリスト、ミケランジェロ・シニョリーレが1990年代初頭に実践し、『タイム』誌が命名したもの*1。それが転じて、現在では本人の同意なく同性愛を暴露すること全般も指すようになってる*2んだけど、「異性愛者であることを隠して異性愛者差別をしたため、異性愛者だとアウティングされた公人」がいったいどこにいるのよ。はたまた、「本人の同意なく異性愛を暴露された人」は?
    • さらに、「異性愛者でも『同じ』ことがあるのに同性愛者ばかり甘やかすな」みたいなことを言い出す人に至っては、"Black Lives Matter"運動に対して「白人の命だって大切なのに黒人ばかり優遇している」と難癖をつける人そっくりだよね
      • この文脈での「白人の命だって大切」という主張は"Colorblindness"(人種色盲)、つまり肌の色の違いやそこから生じる差別の存在を無視することで白人の優位性を温存することであるとして批判されてます。同性愛者が同性愛者であるがゆえに味わわされている苦痛について「異性愛者だって同じ(なのに同性愛者はわがままだー!)」とかなんとか言うのも、やはり、性的指向の違いによる差別の存在を無視することで異性愛者の優位性維持をはかる(たとえ無意識的にでも、です)行為だとあたしゃ思うわ
  • 「性的指向が違う人から言い寄られたら生理的嫌悪感/不快感etc.を感じるのが当然だからLINEで暴露しても仕方ない」みたいな意見も見かけたけど、個人の感覚を一般化しすぎなのでは
    • 自分はレズビアンだけど、ヘテロ男性やバイセクシュアルから告白されたときに「性的指向が違うから」という理由で嫌悪感をおぼえたことなど一度もない*3し、まして相手のプライヴァシー(告白の事実も含めて)を共通の知人に晒そうだなんて思いつきもしませんでしたよ
    • ていうか自分と相手の性的指向が同じだろうと違っていようと、好みではない相手から口説かれたときは「ごめんなさい付き合えません」で終わりでしょ
    • よって、「性的指向の違いからくる生理的嫌悪感」なるものを、まるで天災のように自動的に万人に降りかかってくるものであるとみなすことには無理があると思う
      • 案外、この手の嫌悪感が人類普遍のものであると思い込んでいる人の部屋が臭いだけってオチだったりしてね。まさかねー……

*1:cf. ルイ=ジョルジュ・タン. (2013).『〈同性愛嫌悪(ホモフォビア)〉を知る事典』. 東京:明石書店. pp. 38-39.

*2:cf. Oxford Dictionary of English (2nd Edition Revised)では"outing"の定義は"the practice of revealing the homosexuality of a prominent person"となってます。Longman Dictionary of Contemporary English (6th Edition)だと、"when someone publicly says that someone else is HOMOSEXUAL, when that person does not want anyone to know".

*3:こちらが異性愛者だと勝手に決めつけられて不快だとか、レズビアンだと説明しているのにしつこく食い下がられて不快だということならあったと思うけど、それは「人間は全員異性を好きになるに決まっている」という発想のおしつけが嫌だっただけで、「性的指向の違い」そのものが不快の根源だったというわけではありません。