石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

シスターフッドとアクション満載の第2巻―"Princeless: Raven the Pirate Princess Book 2: Free Women" (Whitley, J., Higgins, R. & Brandt, T. Action Lab Entertainment) 感想

Princeless Raven the Pirate Princess 2: Free Women (Princeless: Raven the Pirate Princess)

シスターフッドとアクション満載の2巻

クィアな海賊娘レイヴンと個性豊かな女乗組員たちがついに海に出て、最初の試練に直面します。アクションも笑いも百合なロマンスも好調で、相変わらず男社会への皮肉が強烈。女を励ますと称して脅してばかりの日本社会に今必要なのは、こういう物語なのでは。

「侮辱され、嘲笑されてやる気が出るものはいるか?」

1巻の感想でも触れた大柄な船乗りのケイティが、今回も大変いい役回りを演じてましてね。船上で皆に剣術の稽古をつけることになったレイヴンが、「よーし、船の下水溝のみじめなドブネズミども! 死なねえために学ぶ時間だぜ!」と叫ぶと、ケイティがそれを止め、「それは侮辱です。本当に必要なことなんですか?」と問いかけるんです。

レイヴンに悪意はなく、ただこれまでの経験から、海賊船の船長はクルーにそういう口をきくものだと思い込んでいただけ。ケイティはさらに一歩踏み込んで、「わたしたちはもっといいやり方ができるのでは」と進言します。そこでレイヴンは改めてみんなにこう聞くわけです。

挙手を頼む、みんな。この中で侮辱され、嘲笑されてやる気が出るものはいるか?

Show of hands, ladies. Who here is motivated by being insulted and derided?

ここを読んでいて、最近日本で女性からの批判が多数巻き起こった以下のCMのことが頭に浮かんでなりませんでした。

  • ルミネのCM。女性が男性上司と思われる人物から容姿をけなされ、他のかわいい女性社員とは「需要」が違うと言われるところを描いたのち、「変わりたい? 変わらなきゃ!」というナレーションとテロップを流すというもの。*1*2*3
  • 資生堂インテグレートのCM(計2種)。*4*5
    • 「生き方が、これからの顔になる編」: 25歳の誕生日を迎えた女性が女友達から「めでたくない」「今日からあんたは女の子じゃない」「もうチヤホヤされないしほめてもくれない」などと矢継ぎ早に言われて焦り出す様子が映し出されたのち、「生き方が、これからの顔になる。#いい女なろう」というテロップが流れる。
    • 「がんばってるを顔に出さない編」: 職場のデスクで忙しそうにサンドイッチを食べている女性が、男性上司と思われる人物から「(頑張りが)顔に出ているうちはプロじゃない」と言われ、その後「『がんばってる』を顔に出さない。#いい女なろう」というテロップが流れる。
  • 国際協力NGOジョイセフが「ILADY.キャンペーン」で制作した、「新・女子力テスト」なる動画*6*7。「日本の女子たちは本当に女子力が高いのか?」と銘打って、複数の女性にピンク色が好きかどうか、チワワが好きかどうかなどと質問したのち、「子宮はリンゴの大きさだ」「自分でコンドームを買ったことがある」「正しい避妊法を3つ答えられる」などの項目で正解(とされているもの)を出せないと罰として白い粉をぶっかけるという内容。

ルミネ資生堂もこれらのCMで女性を「応援」したかったと主張しており、ジョイセフに至っては、この動画が「女性たちのエンパワーメントの一歩となる新たなアクションを生んでいる」とまで考えているようです。しかしね。ここで話はレイヴンのさっきの台詞に戻るのですが、誰かから侮辱され、嘲笑されて(そして時には謎の白い粉までぶっかけられて)やる気が出る人っているの? ゼロではないにしても、決して多くはないはずでは。それに、自尊心を低下させ、不安に陥らせることで相手の行動をコントロールしようとするのは、応援でもエンパワメントでもありません。むしろそれは、DV加害者が被害者に対しておこなう操作("manipulation")や、軍隊やカルト教団やいわゆるブラック企業などで使われている洗脳テクニックと同じたぐいのものであるはず。こと女性相手に何かを呼び掛けようとすると、どうしてこうもパターナリスティックかつ支配欲むき出しの表現ばかりが出てくるんでしょうかね、日本社会は。いや、おそらく、決して日本だけの現象でもないのでしょうが。

ちなみに挙手で決を採った結果、レイヴンの船では、「戦闘時など迷いがあったら命にかかわるような状況ではレイヴンの言うことが絶対だが、それ以外の決定は投票でなされる」というルールが確立されます。いいなあ、あたしゃこの船に乗って彼女たちと旅をしたいよ。採決の後のレイヴンのスピーチも、またいいのよ。

長い間、男は女同士を対立させてきた。あたしたち女はあまりに何度も、疑問も持たずにそのことを受け入れてきた。だがこの船の上では、そして陸でも、あたしたちは全員姉妹だ。今この瞬間からみんな、互いを姉妹として扱う。

There is a long history of men pitting woman against each other and too often we accept that without question. On this ship and off, we are all sisters and from this moment on we treat each other as such.

女性に必要なのは、エンパワメントのふりをした脅しではなく、こういうシスターフッドだと思うわ。そしてこれこそが、ケイティの言う「もっといいやり方」だと思うわ。

多彩でリアルな乗組員たち

1巻ではまだ名前が出てこなかった乗組員たちが、この2巻ではもう少し詳しく書き込まれています。ヒジャブ(的なもの)をかぶっているキャラや、耳が聞こえないキャラもあたりまえにいて、サブタイトルの「自由な女(Free Women)」城での決戦でもあたりまえに活躍しているところがよかった。特に後者の「メカ好きなベイビーブッチ」っぽさがすごくキュートで、お気に入りのキャラのひとりになりました。

この城の名前がダブルミーニングになっているところにも注目。大昔にこの城がつくられた背景と、そこで現在レイヴンたちが戦いに巻き込まれる羽目になった理由を考えると、これ、「女性を解放せよ」という命令文でもあると思うんです。そこで大活躍する女海賊たちが決して画一的な存在として描かれていないところに、なんだかほっとしました。「白人でシスヘテロで健常者で特定の宗教の女性が、白人でシスヘテロで(略)だけを解放する物語」みたいな過去の遺物は、もういりませんからね。

ロマンスの行方について

1巻では控えめな描写ながら「ハーフエルフのサンシャインがレイヴンの現カノ(候補?)だとしたら、地図作成者のジメラはレイヴンの元カノ(または、片思いの相手だった?)」的なニュアンスがあったのですが、今回もさりげなくその路線が維持されています。レイヴンに抱き着いて胸元にすりすりするサンシャインの姿はまるでセシリー・ストロング(またはレスリー・ジョーンズ)に甘えるケイト・マッキノンのようだし、そこに割って入るジメラに向ける表情もやはりどことなく「現カノvs元カノ」風。一方、かつて自分で描いたレイヴンの肖像画をひとり見つめるジメラの姿を見ると、レイヴンとジメラでカップリングが成立する可能性も否定しきれず、今後の展開がますます気になるところ。12月発売予定の3巻のサブタイトルが「2人の少年、5人の少女、そして3つのラブストーリー("Two Boys, Five Girls, and Three Love Stories")」なので、そこで何か大きな動きがあるかも?

まとめ

今回もパワフルでおもしろかった……。サフィックなサブテキストにも満足です。一部箇所でテーマをあまりに直球で打ち出し過ぎているという批判は成り立つかもしれませんが、ドナルド・トランプの影響で先週引き起こされたヘイトクライムの約70%が男性から女性へのいやがらせや暴力だったらしいと言われていることからして、これぐらいあからさまにやってもまだまだ足りないぐらいではないかとあたしは思います。脅しや支配ではない「もっといいやり方」をつかみとるためには、個の尊重とシスターフッドは必要不可欠なんです。

Princeless Raven the Pirate Princess 2: Free Women (Princeless: Raven the Pirate Princess)

Princeless Raven the Pirate Princess 2: Free Women (Princeless: Raven the Pirate Princess)