石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

英国のお母さん、トランスジェンダーの娘(8歳)に詩をおくる

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英国のとあるお母さんが、トランスジェンダーの8歳の娘のために詩をつくりました。娘のために朗読してあげる姿を、テレビ局がカメラに収めました。

詳細は以下。

Watch This Mum Tell Her Transgender Daughter How Happy She Makes Her - BuzzFeed News

このお母さん、ローナ・マクガイア(Lorna McGuire)さんは、イングランドのレスターシャー在住。娘のパディー(Paddy)さんは生まれたときには男の子とされたものの、2歳の頃からネックレスやハンドバッグが好きで、さらに頭にタオルをのせて髪が長いふりをしたりもしていたのだそうです。それが何を意味しているのか周囲の大人が気づいたのは、パディーさんが5歳のとき。ローナさんは、この子は息子ではなく娘になるのだろうと悟り、パディーさんが以前から欲しがっていたドレスを買ってあげました。

そのときのことを蛹から蝶が生まれるプロセスになぞらえてローナさんが書いた詩が、こちらです。(日本語はみやきちによる試訳です)

ママのちっちゃないもむしくん
あおくてかわいいいもむしくん
あなたはあの子にとってもにてる
だいすきないもむしくん
ごはんをあげて、なんでもしてあげた
でも、いもむしくんはかわりたかった
ママはしたがうしかなかった

どうしてだろうと思いつつ
あの子がさよなら言う日まで
ママはあいしておうえんした
あなたが絹糸つむぎだし
巣をかけじゅもんをとなえると
たましいの内がわが光り出し
ほんとのあなたがとび出した

びっくりしたわ、そりゃもちろん
もうはずかしがりやの息子でも
心がしずんだ子でもなく
あなたはきれいなちょうちょになった
大きな声の、ほこらしげなピンクのちょうちょ
いもむしぼうやがいないのは
ときどきさみしく思うけど
ちょうちょむすめをみていると
ママのむねはうれしさでいっぱい

I had a little caterpillar, small, cute and blue
He reminded me so much of you
I loved him and fed him, tended his every need
But he wanted to change
I had to follow his lead

I loved and supported still wondering why
Til the day my boy said goodbye
You spun your silk all round your shell
You wove your web and said your spell
The inside of your soul shone out
And the real you came about

I was amazed, what else could I think?
No longer a shy boy whose heart would sink
But a beautiful butterfly, loud, proud and pink
Sometimes I miss my caterpillar boy
But my butterfly girl fills my heart with joy

英国のテレビ局、チャンネル4のドキュメンタリーが、この詩をパディーさんに読んで聞かせるローナさんの姿を撮影しました。動画内に出てくる刺繍や、蝶の飾り物がまたいいです。

さて、この動画を観ながらあたしがしきりに思い出していたことが、ふたつあります。ひとつは、南アフリカの詩人リー・モコベ(Lee Mokobe)がTEDで発表した、トランスジェンダーがテーマの詩。もうひとつは、英国の作家ジャネット・ウィンターソン(Jeanette Winterson)のことばです。このチョウチョの詩とリー・モコベの詩は、どちらもジャネット・ウィンターソンの言ってることに通じるものがあると思うんです。

まずリー・モコベの詩はこちら。タイトルは「迫真の詩―トランスジェンダーでいることはどういう気持ちか」。日本語字幕もついています。原文はTED のトランスクリプトでどうぞ。

そして、ジャネット・ウィンターソンのことばというのはこちら(以下、『Why Be Happy When You Could Be Normal?』 Kindle版p. 40より拙訳にて引用)。

だから、詩は贅沢だという人を見ると、あるいは詩はオプションだとか、教養あるミドルクラスが読むものだとか、あんなどうでもいいものを学校で読ませるなとか、そのほか詩と、詩が人生のなかに占める場所について言われるありとあらゆる奇妙で愚劣なことを口にする人を見ると、わたしはこんな発言をする人はずっととても気楽な人生を送ってきたのではないかと思う。タフな人生にはタフなことばが必要なのだ―そして、それが詩というものなのだ。

So when people say that poetry is a luxury, or an option, or for the educated middle classes, or that it shouldn't be read at school because it is irrelevant, or any of the strange and stupid things that are said about poetry and its place in our lives, I suspect that the people doing the saying have had things pretty easy. A tough life needs a tough language - and that is what poetry is.

少女時代のジャネット・ウィンターソンが図書館前の階段でT.S.エリオットを読んで泣き出したように、あたしもチョウチョの詩と「歯抜けの笑顔や擦り剝けた膝小僧」のトランス少年の詩でじわじわと泣かされてしまいました。どちらの詩も、すべての音節を通して、タフな人生を生き抜くための光が輝いてあふれ出していると思います。「ちょうちょむすめ」がお母さんから贈られたものは、単なる一篇の詩にとどまらない、もっと大きくて強いものなんです。