石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『PUREまりおねーしょん(1〜3)』(高木信孝、一迅社)感想

PUREまりおねーしょん 1 (IDコミックス 百合姫コミックス)

PUREまりおねーしょん 1 (IDコミックス 百合姫コミックス)

PUREまりおねーしょん 2 (IDコミックス 百合姫コミックス)

PUREまりおねーしょん 2 (IDコミックス 百合姫コミックス)

PUREまりおねーしょん 3 (IDコミックス 百合姫コミックス)

PUREまりおねーしょん 3 (IDコミックス 百合姫コミックス)

アンドロイド少女の百合ロマンティック・コメディ

アンドロイド少女が心を持ち、人間の女のコと恋におちる物語。以前メディアワークスから出ていたものを全3巻に構成し直した新装版です。初めて読んでみてびっくり、高木信孝氏の他の百合漫画に時々見受けられる「砂糖入れすぎで歯がねじれそうに甘いデザート」的なくどさが全然ないんですよこの作品。ストーリーの流れがちゃんとあるし、抑えるところは抑え、それでいてラブいところはきちんとラブく演出するというメリハリがきいていて、楽しく読めました。また、ホモフォビックな葛藤を組み込む代わりに、アトム以来の「ロボットの悲しさ」というテーマを持ってきたところもユニークだと思います。欲を言うと、「あのん」が「あいな」に恋心を抱くプロセスがもう少し緻密に描かれていたらよかったかもと思わないでもないのですが、あの完璧な大団円を見せられた日にはもう「参りました」と頭を下げるよりほかありません。

ラブいのに甘すぎないストーリー

同作者さんの『カシオペア・ドルチェ』『@ホーム〜姉妹たちの想い〜』 にみられるような、「萌え>ストーリー」「ふわふわ☆あまあま☆>ストーリー」路線ではないところがよかったです。いや、こうした萌え&あまあま最重視というのもツボな人にはツボなんでしょうが、あまりにそれ「だけ」で押してこられると胃にもたれてしまうタイプなんですよ自分は。その点この作品は、キャラを最初からご都合主義的にイチャイチャさせるのではなく、「友情ベースの葛藤・対立→恋心の芽生え→恋の障害→ハッピーエンディング」というロマンティック・コメディ的な流れが丁寧に作り込まれていて、楽しく読めました。最終回もすごくよかった。特に最後の1ページが。

「ロボットの悲しさ」というテーマ

主人公「あのん」が級友「あいな」との恋愛に関して悩むのは、同性同士だということではなく、ひとえに「自分がアンドロイドだから拒絶されるかも」という点です。そもそも女のコ同士であることについては誰も悩まないどころか、カップル成立を周囲から「おめでとー」とド直球で祝福される、という世界観のお話だったりします。恋の障害としてホモフォビアを持ち出すのではなく、『鉄腕アトム』以来の「ロボット(ここではアンドロイドですが)の悲しさ」というテーマを持ってくるあたりが斬新だと感じました。穿った見方をするのなら、「同性愛差別はなくなったがアンドロイド差別はある近未来の話」と読み取ることもでき、そんなところも面白いと思います。

欲を言うと

「あのん」が「あいな」に惹かれていくプロセスがもう少し丁寧に描かれていたらもっとよかったかも、と思わんでもないです。「みのん」の登場で嫉妬心を抱くところまではいいんですが、その後あっさりと「友だちでいられることが一番幸せ」と言い切らせてしまう(p. 48、強調は引用者)のはどうなのかと。あいなの告白後のあのんが、ドキドキするでも気まずくなるでもなくあっけらかんと海ではしゃいでいたりするところも、その後の夜の会話シークエンスとの整合性に欠けるような気がします。このお話の醍醐味は、アンドロイドである「あのん」が心を持って恋をするというところにあると思うんですが、このあたりだけ、心の動きの追い方がちょっと雑だったんではないかと。

ただし、その後の怒濤の展開とハッピーエンディングが、ラブストーリーの王道中の王道を実に手堅く押さえているので、最終的には「終わりよければすべてよし」な気分にさせられてしまうことも確かです。強いわ、王道。実際、クリストファー・ヴォーグラーという人が著書"The Writer's Journey"の中で提唱している物語類型「ヒーローの旅(hero's journey)」に従って『PUREまりおねーしょん』を分析してみると、

  • ヒーロー=あのん
  • 助言者=まどか
  • 最初の試練=「みあも」との接触
  • 味方=みあも
  • 影=アンドロイド嫌悪
  • トリックスター=みのん
  • 変容する者=あいな
  • 苦難=文化祭
  • 宝の剣(報酬)=(文化祭のアレ)

という構造になっており、みごとに「古今東西、人々に好まれる話の定石」が押さえられてるんですよね。そんなわけで、お話の骨組みが安定しているため、細かな瑕疵はあんまり気になりませんでした。

まとめ

物語としての定石をきっちり押さえた、楽しい百合ラブストーリーでした。やたらと甘ったるすぎないところも、それでいて最終的にはラブラブに終わるところも好印象。同性愛嫌悪ならぬアンドロイド嫌悪でお話を引き締めているところも興味深いと思います。おすすめ。