石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『この靴しりませんか?』(水谷フーカ、芳文社)感想

この靴しりませんか? (まんがタイムKRコミックス つぼみシリーズ)

この靴しりませんか? (まんがタイムKRコミックス つぼみシリーズ)

ほのぼのだけどしっかりラブい、童話モチーフ百合短編集

シンデレラや赤ずきんなどの童話を下敷きに、現代のさまざまな百合話を描いた短編集。面白かったです! やわらかくやさしい雰囲気と、それでいてしっかりラブいストーリーがたまりません。特筆すべきは、幕引きのうまさ。どのお話も、控えめなのに余韻あるオチにきれいに着地していて、とても楽しく読みました。また童話モチーフの生かし方もみごとで、なつかしいのに新しい、ユニークな1冊に仕上がっていると思います。

やわらかさとやさしさについて

これについては、表題作を読めば一目瞭然。歯医者で靴を間違えられたことから始まるラブストーリーなのですが、主人公の、

シンデレラも王子も こんな気持ちだったのかな

の場面(p. 13)のふんわりした幸福感といい、ひとり上手な空回りの可愛らしさといい、直情径行熱愛型百合作品とはまた違う味わいがすばらしかったです。

幕引きのうまさについて

「なーんだ友情百合か」「失恋か」etc.と思わせておいて、含みのあるオチでドキリとさせるという緩急のつけかたに舌を巻きました。さりげない会話や、手の表情、小物などでそれをやってのけてしまうところがまた心憎いです。あとがきによると担当さんからは毎回「もっとゆりゆりしてください」と言われたとのことですが、余韻の甘やかな百合の香りにかけては、他の先発百合漫画にまったくひけをとらない1冊だと思います。

モチーフの生かし方について

童話というモチーフを生かした、わかりやすさと新しさのある話づくりがよかったです。「雪のお姫さま」での鏡のかけらの使い方など、原典(『雪の女王』)での展開を知っていてさえハラハラさせられてしまいました。また、「ブレーメンの音楽隊」を元にした「はみだし音楽隊」のキャラ設定が、実は主人公の恋の前途多難さの説明にもなっているという仕掛けにも、にやりとさせられました。ロバート(ロバ)を「自称男の娘」にして、物語の奥行きをそれとなく広げるという工夫も面白かったです。

まとめ

やさしくてほのぼので、それでいて細かな仕掛けも効いていて、とても楽しい1冊でした。百合の香りをふんわりと漂わせるオチのつけ方にも大満足。水谷フーカさんはこれが初の百合短編集だとのことですが、次回作も期待大ですね。