- 作者:中村 珍
- 発売日: 2011/01/28
- メディア: コミック
息もつかせぬ緊迫感
人を殺したレズビアンと殺させたヘテロ女との絶望的な逃亡劇、中巻。今回もすさまじい緊迫感で、全480ページを読み終わるまでの間、心臓をぎゅっと握られたような痛苦しさが抜けずじまいでした。容赦ないストーリー、巧みなメタファー、そしてレズビアン・テーマなど、どれをとってもひれ伏すしかない深みと面白さにあふれています。上巻と同じく、重厚で多層的な、そしてどこまでも強烈な1冊です。
展開に容赦なし
追い込まれていく2人の姿もすさまじいのですが、それに負けないぐらい、レズビアンキャラの元カノさんのエピソードがつらかった……! 上巻と同じく、この巻でも元カノさんのご両親のコミカルな会話場面がいわばチェンジ・オブ・ペース的にさしはさまれるんですよ。だからこそいっそう、元カノさんに起こるできごとには打ちのめされました。P. 310の一枚絵も、そしてそこに至るまでの展開も怖いほどの説得力があり、読んでいてやるせないやら苦しいやらでのたうちまわりました。
心揺さぶるメタファー
メタファーとしての小物や背景、体の一部などの雄弁さがハンパないです。たとえばそれは、つなぎあう冷たい手。手の甲に浮かぶ血管。ブサイクな赤ん坊写真。お弁当とビール。閉まるドア。パンプスの先端。布団。こうしたものがうるさいほどわめき立てる(誉め言葉です)メッセージに心が揺さぶられまくり、読み終わった今もいっかな心拍数が下がりません。
漫画において台詞は言語メッセージ、絵は非言語メッセージだと思います。非言語は言語にくらべ、ずいぶんあいまいで、アナログなもの。でも伝わる情報量は、言語メッセージより多いんです。かつてあたしはこの作品の上巻を「堅い拳をしたたかに心臓に打ち込んでくるような衝撃作」と評しましたが、この中巻は、メタファーという重い拳をすさまじい手数で叩き込んでくる作品だと思います。
レズビアン・テーマも刺さる
この漫画は多層的な構造を持っており、クライム・サスペンスとしても読めるし、女性をはじめとする「弱者」のお話ともとれるし、またラブストーリーやレズビアンものとしても読めると思います。どのテーマもド迫力でグッサグサ刺さってくるのですが、同性愛者のあたしには、レズビアン・テーマが最も深く突き刺さりました。もっともシビアに抉られたのは、レズビアンキャラの兄が真顔で言うこの台詞(pp. 339 - 340)です。
この台詞の呑気さ残酷さがわからない人がうらやましいと思います。無意識に一段高いところに身を置いて、ヒトサマの愛のかたちを認めるか認めないか裁定する特権者様になりきってしまうという、これがノンケの(全部じゃないけど多くが無自覚に行使している)権力ってやつですよ。恩着せがましく「認める」なんて言われるこちらの屈辱がわからないあたり、本っ当におめでてーな。「恋愛は自由」という発言については、レズビアンキャラのこちらの台詞(pp. 342 - 343)が核心を突きまくっています。俺は、同性愛者を、認めたいと思う。恋愛は自由、なんだから。
誤解のないように言っておくと、この兄ちゃん、いい人なんですよ。レズビアンキャラの身を真剣に案じ、危険を冒してまで助けようとする、義侠心あふれるキャラなんです。そんな人でさえツルッと「認めたい」だの「自由」だの言ってしまうという、この恐ろしいまでの隔絶感。そこで否応なしに際立ってしまう、レズビアンキャラの孤独と絶望。あたしの胸をもっとも突いたのは、そこです。恋愛の在り様は、不自由だよ…。自由だったことなんて一度もなかったよ。恋してること隠すために暮らしてるよーなもんだったよ。もし恋愛が自由なら、誰の前でも堂々としてられる恋愛ってやつを、選んでみたいけど、どーすれば選べんの? ネェ、自由じゃないから、黙って生きてきたのは、…わかる?
まとめ
上巻に勝るとも劣らぬ、パンチのききまくった一冊です。読み始めたら最後、息をするのも忘れるほど、物語の中にひきずりこまれてしまいます。上には書ききれなかったすばらしい点も山ほどあって、本当はもっと「女であること」のいたたまれなさの描写についてとか、笑いの要素についてとか、一晩中でも書いていたいぐらい。語彙と時間が足りないのでこのへんでやめますが、とにかく「凄い!! 読め!!」と最後に力説して終わらせてください。