石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『若かった日々』(レベッカ・ブラウン[著]/柴田元幸[訳]、マガジンハウス)

若かった日々

若かった日々

切なく力強い傑作短篇集。思春期レズビアンもの2作品がいいよ!

米国のレズビアン作家レベッカ・ブラウンによる自伝的短篇集。文庫版も出てます。思春期のレズビアンとしての目覚めを描く2作品、「ナンシー・ブース、あなたがどこにいるにせよ」と「Vision」がふるえるほどよかった。切なくて、正確で、かつイマジネーション豊かで。おもに家族との関係をテーマとする他の収録作も、みな面白かったです。

まず、「ナンシー・ブース、あなたがどこにいるにせよ」について。これは中学生時代の主人公がガールスカウト・キャンプで年上の女性に思慕を抱くお話です。恋に落ちた直後のこの感覚が、超リアル。

それから少しして、もう寝なくちゃと彼女は言った。彼女が立ち上がって帰ろうとしたところで、あたしも寝なくちゃと私は言った。彼女が立ち去るのを私は見守らなかった。仲間が眠っているキャビンのなかに戻っていった。ここにいるのは、もう何年も友達の、仲よしの子たちだ。自習、読書感想文、初めての煙草、ビール、何から何まで一緒にやってきた。けれどいま、初めて、私はみんなと隔たりを感じた。何だか急に、自分が違っているような、何か秘密を抱えているような気がしてきた。でもどんな秘密かはわからなかった。

次の日、私はどうふるまったらいいかわからなかった。スカフが泳いでいたことも、私が消灯後に起きていたのを彼女に知られたことも、知らん顔を通すべきなのかどうかわからなかった。彼女に言われた一言一言を私は何度も思い起こした。頭のなかで、彼女の名前を何度も呟いてみた。みんなに私の心が読めて、私が彼女のことを考えているのがわかってしまうような気がした。私のなかのある部分はみんなに話したいと思ったけれど、話したくない気持ちもあって、言わなくてもみんなにわかってほしいとも思った。

わくわくとムズムズと動揺がないまぜになった、自分でも正体がつかみきれないこの混乱。これぞ初恋ってやつでしょう。

ここに至るまでの主人公の観察眼や考え方も面白かったです。性別役割分担コテコテな教会のサマー・キャンプを嫌い、何でもやらせてもらえるガールスカウトのキャンプの方がいいと考えるところとか。「化粧や馬鹿みたいな服」が好きではないところとか。無意識のうちにゲイダー(同性愛者が仲間をみつける感覚)を発動させているところとか。どこをとってもまだ自覚のないティーンエイジ・レズビアンそのもので、読んでいて微笑せずにはいられません。神は細部に宿ると言いますが、レベッカ・ブラウンはこうした細部の描写がほんとうにうまいです。

スカフの役割もよかった。痛みや不安を抱えた女の子に、この世界のなかにはちゃんと自分の居場所や生き方があるとわからせてくれるお姉さん。ラブストーリーというと、

  • 恋をしました→成就しました→だから自動的にハッピーエバーアフター!
  • 恋をしました→成就しませんでした→だから悲しいのシクシク

てなパターンばかりが再生産されがちですが、このお話はぜんぜん違う角度から恋の行方を描いてくれています。主人公の恋がかなうかどうかとか、どこまでやったんだゲヘヘとかいう三文週刊誌的な好奇心を追うんじゃなくて、スカフという機知に富んだキャラをつかうことで、もっとユニークな方向に物語をふくらませているんです。最後の段落、そして最後の1行はとくに、何度読んでもじんとさせられます。女同士の初恋物語に「女同士であるがゆえの」何かを盛り込まなきゃいけないのだとしたら、こういう要素をこそ盛り込んでほしいよね。

次に、「Vision」について。こちらも子どもだった主人公が年上の女性に焦がれる物語なのですが、タイトル通り想像力を使って現実を語り直す「幻視」(Vision)という手法がはっきりと押し出されているところが興味深いです。この幻視力こそ、ひとりの少女が「男子はフットボール選手、女子はチアリーダーになることこそ重要」というきわめてアメリカ的な価値観に押し流されずにいるためのサバイバル術であり、この本全体をつらぬく精緻さと力強さの根源でもあります。読み手を幻惑させつつ紡がれる女教師とのラブシーンは、現実であり、虚像であり、そして祈りでもあるのです。

上記2作品以外は主として両親との関係をモチーフとしています。決して良いことばかりではない、けれど捨てきれないなつかしい日々を、残酷なまでに精密に描き出す物語群です。父の死について書いた「自分の領分」で、「Vision」に顕著だった幻視力が大活躍していることに注目。この鮮やかな結末には、ため息が出るばかり。

まとめ

作者本人の遠い日々を振り返る、切なくも力強い短篇集。愛憎なかばする幼年期をすぐれた想像力ですくい上げ再構成していく手腕に、終始ドキドキさせられます。思春期レズビアン小説としての「ナンシー・ブース、あなたがどこにいるにせよ」と「Vision」がばつぐんにいいし、その他のいわば家族小説のほろ苦さや強烈さも楽しかったです。これまでこの作者の作品は短篇「私たちがやったこと」(これもレズビアン小説としておすすめ)しか読んだことがなかったのですが、何やってたんだ自分! とすごく反省しました。