石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『犬たち』(レベッカ・ブラウン[著]/柴田元幸[訳]、マガジンハウス)感想

犬たち

犬たち

悪夢のような幻想小説

ある日突然アパートメントに出現した犬(たち)に支配されていく女の物語。夜見た悪夢を朝になっても忘れずに逐一書き留めたらこうもなろうか、というぐらい幻想的かつ残酷なお話です。ファンタジックなイメージの中にナイフのように切り込んでくる現実味がまた怖い。たとえば赤ずきんを下敷きにした「5 ずきん――忍苦について」の、こんなところ(p. 49)とか。

私は青と白のチェックのワンピースを着て、ワンピースには洗い立ての糊の効いた白いエプロンがついてる。私はカンザスの女の子みたいにピュアに見える(実際、うちの一家は一時期カンザスに住んでいた)。

私の髪は金色で頬はピンクで手は清潔で脚も清潔で白い足首ソックスをはいていて瞳は明るい青で私は絵みたいにかわいい、でもかわいすぎはしない、あれじゃ襲われて当然っていうかわいさじゃなくて、あくまでいい感じにかわいい。それに、私の眼鏡にあの黒い絶縁テープはついていない――このあいだうしろから、背後から叩かれて顔から落とされてつけた、あのテープは。

この青と白のワンピースを着た女の子のイメージはその後何度も強迫的に繰り返され、「悪いことは何も起きていない、あるいは起きたとしてもほかの誰も見ていないからもう過ぎたこと――」という主人公のモノローグ(p. 138)と不気味にリンクしていきます。お話のそこここに見られる主人公の広場恐怖や対人恐怖、否認癖などともうっすら通じるものがあり、このわかりそうでわからない妙な怖さが非常によかったです。

ストーリーはいわばスケッチの積み重ねのように進んで行き、わかりやすい結論づけやタネ明かしはされません。そこが物足りないとも言えるけど、かえって挑発的で面白いとあたしは思いました。「詩のような、神話のような、ちょっと怖い物語に身を浸したい。イメージの解釈もどんとこい」という人におすすめ。

最後に、レズビアン要素について。もうあたりまえのように主人公がレズビアンなところに、嬉しくなってしまいました。この主人公、スーパーひとつ行くにしても「野菜を並べるのが仕事のすごくキュートな女の子」(p. 119)に目が行ってたりするし、酒場でひっかけて家に連れて帰るのも当然女の子だったりするんです。でも、同性愛要素が物語中で何か特別な意味を持つってことはまったくなく、あくまでのただの日常風景にすぎないんです。こういうのっていいよね。ほっとするわ。

まとめ

夜見る悪夢を緻密に紙上に写し取ったかのような小説。シュールな展開の中で、主人公の不安や狂気が妙にリアリスティックにあぶり出されていくところが面白かったです。同性愛要素がただの日常の一コマとして描かれているところも好き。わかりやすいオチがないと納得できない人にはまったく向かない作品ですが、挑発的で不気味な幻想小説をお探しの方にはおすすめ。