石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『捜査官ケイト 過去からの挨拶』(ローリー・キング[著]/布施由紀子[訳]、集英社)感想

捜査官ケイト過去からの挨拶 (集英社文庫 キ 9-12)

捜査官ケイト過去からの挨拶 (集英社文庫 キ 9-12)

別シリーズとの完璧なマリアージュ

ケイト・マーティネリ・シリーズ第5弾。作者のもう1つの人気シリーズ<シャーロック・ホームズの愛弟子>とのクロスオーバー作品で、マトリョーシカ的な構造の中、同性愛テーマがこれまで以上に力強く、かつ幅広く描かれます。作中にホームズ物のパスティーシュをまるまる1編埋め込むという試みだけでも面白いのに、そのパスティーシュが2004年のケイトたちの世界と絡み合い、響き合い、納得のエンディングまでまっすぐつながっているところがただただみごと。

的確で斬新なパスティーシュ

メインストーリーの舞台は、前作『捜査官ケイト 夜勤』から8年たった、2004年のサンフランシスコ。あるシャーロキアンが遺体で発見され、彼が持っていた「コナン・ドイルの未発表作」とされる中編ミステリのタイプ原稿が、謎解きの大きな鍵となります。この原稿がいわばメタ小説として本編の中にまるまる収録されているというのが、本書の最大の特徴です。

<シャーロック・ホームズの愛弟子>シリーズ未読の自分としては、正直この中編を読むのは面倒だったんですよ。ここだけフォントも文体もクラシカルだし、ホームズ自体は好きだけど何もわざわざ現代ミステリにそれを混ぜなくても――という思いは、しかし、パスティーシュ部分の最初の数ページであっさり消えてなくなりました。

面白いんです、この中編。独立した作品としても、ホームズ物へのオマージュとしても。これはシゲルソン(ホームズがかつて使ったことのある偽名)と名乗るロンドンから来た探偵が1924年のサンフランシスコで活躍する話で、ベイカー・ストリート・イレギュラーズに相当するちんぴらとの出会いや、例のアクセントからの出身地当てなど、序盤からしてホームズ好きならこたえられない場面が続出。主人公の傲慢で大胆で退屈を嫌う性格も、まさにホームズ。それでいてこの作品は、ドイルが絶対にやらなかった冒険をもやってのけます。お話の根幹に、明確な同性愛テーマを盛り込むんです。

懐かしいのに新しい、チャレンジ魂あふれるファン小説であり、読み出したらもう止まりません。「<シャーロック・ホームズの愛弟子>シリーズも全部読もう」と即座に決意いたしました。

重層的なゲイ・テーマ

上記パスティーシュのほろ苦い展開を、あたしは「DADT( 'don't ask, don't tell'、米軍の『問うな言うな』規定)をやDOMA(『結婚防衛法』、同性婚を禁じた連邦法)への皮肉」と受け取りました。それはまんざらまちがいでもなかったようで、話が現代に戻ると、アルとケイトが以下のようなことばを交わす場面(p. 467)が出てきます。

「八十年のあいだにずいぶんいろんなことが変わったな」

「そうでしょうか。軍隊の“問うな言うな”規定(兵士の性的嗜好について問わない、同性愛者もみずから名乗り出ないとする規定。軍隊では同性愛が禁止されているため、建前上、同性愛の兵士がいないことにする方策として、一九九四に公案された)はどうです? マシュー・シェパード(一九九八年、ワイオミング州で同性愛者であることを理由にリンチ殺害された男子大学生)は? グウェン・アラウホ(二〇〇二年、カリフォルニア州で女性と偽っていたことがばれたためにリンチ殺害された性同一性障害の少年)は?」

さらに、今回ケイトが追う2004年のシャーロキアン殺しの根幹にも、「ホームズとワトソンは友人以上の関係にあった」という俗説が間接的にからんでいたりします。これまでのケイト・マーティネリ・シリーズでは、同性愛要素はあくまでケイト個人の奮闘に的が絞られていたように思うのですが、本作ではサブプロットとメインプロットの合わせ技でゲイを取り巻く社会そのものが俯瞰されており、結果としてテーマがより普遍的なものとなっています。伊達にラムダ文学賞(レズビアン・ミステリ部門)獲ってないわ、この小説。

エンディングも印象的

上の方で言及したゲイ・テーマですが、決してビターな要素ばかりではないんですよ。ケイトとリーはひとり娘のノーラを得て幸せに暮らしていますし、ケイトのゲイ友・ジョンも、パートナーと一緒に子供を育てています。そして何より、このお話の舞台が2004年であることにご注目。実はこの年度自体が、エンディングの希望と幸福を描くための大きな伏線だったんです。単に大団円であるだけでなく、最後のパラグラフでさらにもうひとつの謎が解け、物語に新たな視点と感動を添えてくれるところもよかった。

まとめ

現代ミステリとホームズの世界を重ね合わせ、苦い現実の中のささやかな光を描き出す傑作。DADTもDOMAも撤廃された2014年の今読むとなおさら味わい深く、シリーズ5作中でこれがいちばん好きです。