石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『野ばらの森の乙女たち(1)』(白沢まりも、講談社)感想

野ばらの森の乙女たち(1) (講談社コミックスなかよし)

野ばらの森の乙女たち(1) (講談社コミックスなかよし)

王道ながら新鮮そのもの

なんと「なかよし」連載の百合漫画という異色作。ストーリーは、お嬢様学校に入った主人公が、憧れの先輩の女のコ相手のキスシーンを目撃してしまい、それをきっかけに百合な初恋に踏み込んでいくというもの。とても面白かったです。名門女子校だの「王子様」だのというお約束を忠実に守りつつ、感情面のリアリティは新鮮そのものでした。主人公の親友・さくらの使い方が特によく、複雑なのにわかりやすい構成にも唸らされました。パラ見だけして「古典的なヘテロドラマを百合話に置き換えただけ……?」と警戒していたあたしが大バカだったと言えましょう。少女漫画の王道たるキラキラしさと、百合なセンチメントを同時に堪能できる傑作だと思います。

このへんがものすごくお約束

名門お嬢様学校、寮生活、一種のソロリティ的な「音羽の華(ソーシャライツ)」、ボーイッシュ美少女の「王子様」など、とにかくお約束がてんこもりです。おまけに王子様キャラの上級生・泉ときたら、

  • 「花びらついてるよ」と主人公・初美の髪に手をやるわ(『メリーベルと銀のばら』かっ!)
  • 「リボンほどけそう」と初美のリボンを結び直すわ(『タイが曲がっていてよ』かっ!)

と、古典的な接近行動を連発。こうした部分「だけ」を見るならば、既存の少女漫画や百合漫画の単なる焼き直しであるかのようにも見えてしまいます。しかし、この漫画がすごすぎるのは、このような既製の枠組みを使いつつ、中身はまったく陳腐でないこと。換骨奪胎とはこのことか! と思い知らされる仕掛けが、あちこちにあるんです。

でも、このへんは新鮮そのもの

1. 三角関係の使い方

初美の王子様・泉には、繭子というお相手がいます。これにより「初美・泉・繭子」の三角関係が成立するわけですが、面白いのは、このお話における三角関係はこれだけではないこと。初美の親友さくらがひそかに初美を想っているため、「初美・泉・さくら」という三角関係も成り立つ上に、繭子の許嫁・久我の登場で「初美・繭子・久我」という三角関係も浮上してくるんです。この複雑な恋愛模様の中、少女たちはそれぞれ切ない想いに胸痛めており、最終的に誰と誰がくっつくのかまったく読めません。これは新しいわ。予定調和的に頭からっぽ王子様とくっつけてみせるだけの少女漫画/百合漫画とは、ひと味もふた味も違うわ。

2. さくらのキャラの掘り下げ

特筆すべきはさくらというキャラクタの掘り下げの巧みさです。第1話で、初美から無邪気に

この学校で新しい友達が何人できても わたしのいちばんの親友はさくらだけだよ――…♥

と言われて(p. 11)、

…うん

と返す(p. 12)場面の絶妙な間合いとか! 泉と繭子のキスシーンを見て動揺する初美にいきなりキスしかけてみせ、軽くはぐらかした後のモノローグの切なさとか! これはもう、先行作品『GIRL FRIEND』(森永みるく、太田出版)にも劣らぬリアル感と言っていいかと。非現実的なキラキラに満ちた女子校百合でこうした等身大の恋愛感情をぽんと書いて見せるあたりが、非常に面白かったです。

3. 泉の女たらしっぷり

「花びらついてるよ」と「リボンほどけそう」だけなら、「既存の漫画やラノベの模倣」という評価で終わりだったと思います。しかし、泉が本当にすごいのはここから。この2例だけにとどまらず、いつでもどこでも超アグレッシヴに距離を詰めてくるんですよこの人。初美の怪我した指を口に含むわ、ダンスの練習に誘うわ、「クリームついてるよ」と頬を指でぬぐうわ、他にもとにかくたくさん。既存キャラの焼き直しなんかじゃないわこの人。ここまでやれば、個性あふれる「天性の無自覚タラシ」だわ! 全然ありですよこういうキャラ造形。

まとめ

少女漫画/百合漫画らしいきらびやかさを保ちつつ、感情面のリアリティをきっちりおさえた良作。複数の三角関係をリンクさせて緊張感を高めていく構成がよかったです。こういうので育った「なかよし」世代が、百合に親和感を持ってくれるといいなあ。