豪ドラマ『ウェントワース女子刑務所』で女性同士のロマンスを演じているダニエル・コーマック(Danielle Cormack)が、LOTLのインタビューで、異性愛者ではないことを公表しました。
詳細は以下。
Danielle Cormack And The Remarkable Lightness Of Bea
『ウェントワース女子刑務所』は、日本ではHuluで見ることができます。Huluの公式ページでは、こんな風に内容紹介されています。
オーストラリアの人気ドラマ「Prisoner Cell Block H」のリメイク作品。主要なキャラクターはそのままに、ストーリーを再構築。本シリーズでは、主人公ビー・スミスがいかにして「伝説」と呼ばれるまで上り詰めたか、その知られざる物語に迫る。
このビー・スミスを演じているのがダニエル・コーマック。このドラマでは第4シーズンでビーと他の女性受刑者との間の恋愛関係が描かれていて、動画で見るとこんな感じです。
で、こうした展開に関して、上記インタビューでインタビュワーがこんなことを聞いているわけですよ。
シーズン4で、あなたはビー役でこれまでやっていなかったことを、つまり同性同士の関係を深めるということをしています。異性愛者女性として、それは快適にやれるようなことでしたか?
In Season Four you go to a place that you hadn’t previously been with Bea and that was to explore a same-sex relationship. Was that something with which you, as a straight woman, were comfortable?
ダニエル・コーマックの返事は、こう。
そんなことを言われてるんですか? わたしの自認が異性愛者だって? ちょっとここで言わせてもらいます。最近ではジェンダーの流動性や、性的指向の壁を蹴破るということ、それから、なんらかのアイデンティティーを持たなくてはならないと感じる必要のない人々について、本当に興味深い会話がありますよね―これについて言うと、わたしはふたつの別々の陣営に属しているんです。
Is that what people would say? That I identify as straight? I’m going to bust something out here. There’s a really interesting conversation around now about gender fluidity and busting down the walls of sexual orientation and people not having to feel like they have to identify with anything—I sit in two different camps around that.
ここだけ見ると、すわバイセクシュアルとしてのカミングアウトかと解釈してしまいそうになりますが(そして実際彼女はこの後、両方のジェンダーの人との交際経験があると話しているのですが)、ここでいう「ふたつの別々の陣営」というのは必ずしも「バイセクシュアル」というラベルと同義ではないようです。ダニエルは、性的指向を表すラベルが過去に果たしてきた役割を認めつつ、『ウェントワース』のシーズン4でビーが言っていた「ラベルなんてくそくらえ(“fuck the labels”)」という考え方に賛成すると言っています。以下、本人の発言をもう少し訳してみます。
ラベルというのは、「人は何々であってもいいんだ、なんでも自分に合ったものでいていいんだ」と言えるようになるために本当に戦ってきた昔の人たちの苦境を理解するのに役立ちます。でもわたしとしては、自分は「わたしは異性愛者です」と言うだろうか、いや言わないって感じなんです。わたしのパートナーに今すぐ聞いてみてくれてもいいのですが、彼はこう言うでしょうね。「え? ヘテロ? たぶん違うね!」
Labels help us to understand the plight of our forefathers and foremothers and sisters and brothers that have actually really fought to be able to say, “it’s okay to be … whatever it is for you.” For me, would I go “I’m straight”? No, I wouldn’t. I mean you could ask my partner now and he’d go: “Hmm? Hetero? Maybe not!”
自分の性遍歴を定量的に示す必要はわたしにはないのですが、これまでわたしは両方のジェンダーの人とつきあってきました。長く続く恋愛関係で、です。だからこういう会話は興味深いと思っています、人って他の人の根源が何なのかということに興味を持つんですよね。それでその人が「こっちの人」か「こっちの人じゃない」のかとふりわけて、その人を大いなる討論の話題にしてしまうんです。
I don’t need to quantify my sexual history, but I’ve had relationships with people of both genders, long-term relationships, and that’s why the conversation interests me, because people are interested in the place you come from. Then perhaps you’re “there” and then you’re “not there”, and you can become the subject of a great debate.
今時のセクシュアリティ観ですね。
セレブリティに関して「こっちの人」か「こっちの人じゃない」のかと大騒ぎしがちなレズビアンの視聴者ズは、これを機にもうちょっと反省した方がいいかも。以前『同性愛は「病気」なの? 僕たちを振り分けた世界の「同性愛診断法」クロニクル 』(牧村朝子、星海社新書)の感想文で書いたこととも通じますが、人間の性のありようをことばで切り分けようとすること自体にそもそも相当無理があるわけですしね。とりあえず、こと自分以外のセクシュアリティに関しては、どんな打球にもすかさず対応できるよう常に膝をゆるめて待つ外野手ぐらいの柔軟さで「ばっちこーい」と構えている方が、いろんな人が共存しやすくなるんじゃないでしょうか。そんなことを思ったりしました。