石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『塔の町、あたしたちの街』(扇智史、エンターブレイン)感想

塔の町、あたしたちの街 (ファミ通文庫 お 4-4-1)

塔の町、あたしたちの街 (ファミ通文庫 お 4-4-1)

『塔」がそびえ立つ町での、少女たちの戦い(百合あり)

天空を裂く巨大な『塔』が聳える積野辺(つみのべ)。そこは大気に満ちた『歪気』(わいき)の力で栄え、超常の業を操る守代(かみしろ)一族が支配する地。天涯孤独の西条なごみは、本家と対立する隻心学園生徒会長兼理事長、守代皆理(かいり)の庇護の下、親友の華多那(かたな)と平凡な高校生活を楽しんでいた。しかし、その裏では、「西条の血」に秘められたある「力」を巡る陰謀が動いていた――。

(カバー裏より)

というあらすじのライトノベル。百合小説として読むのならば、なごみと華多那の関係に注目です。単なるアマアマなバカップルではなく、ある種の緊張感をはらんだ関係であるところ、そしてそれでいて愛と信頼もがっちり存在するところがとてもいいと思います。あと、「強い方が弱い方をひたすら庇護する」みたいな異性愛規範べったりの描写でないところもよかったです。ただし小説としては、展開の性急さと、ところどころの描写のわかりにくさがマイナスかと。もう少しゆっくり丁寧に話を進めて行った方が、キャラクタの魅力がよりふくらむのではないかと思いました。

1. なごみと華多那の関係について

覚悟を秘めた信頼関係がいい

序盤からして華多那の

「お前のことは、私が絶対守るよ。愛してるからな」

なんてド直球な台詞(p16)が炸裂するところが面白いんですが、もっとすごいのは、「愛してる」の意味がどんどん変化発展していくところ。華多那が隠していたある秘密があきらかになるにつれ、なごみが

「あんたの薄っぺらな愛なんか、あたしはいらねえよ! 馬鹿!」

と怒り狂ったり(p177)、幼稚園での初めての出会いで華多那が言った「アイしてんの?」なんて言葉(p268)がふいに出てきたりして、ふたりの間の「愛」がきちんきちんと再発見されていくんですよ。

さまざまな危地をくぐり抜けた後、最終的にふたりは、

「愛してるからな」

「あたしもだよ」

と互いにきっぱり言い合う(p318)仲になります。要するに華多那からの一方通行ではなくなるわけですが、注目すべきはその直前の会話。詳しいことは伏せますが、ただのラブラブアマアマな仲良しさんではなく、いざとなったら命のやりとりもしなければならないという覚悟を秘めた信頼関係であるところがはっきり表現されていて、すごくよかったです。かっこよすぎますふたりとも。

異性愛規範べったりではないところがいい

華多那はいつも太刀を佩き、口調もぶっきらぼう。なごみと同居し、剣の腕で24時間なごみを護るというキャラクタです。これだけなら、「強い方(男役)が弱い方(女役)をひたすら護る」というくっだらない異性愛規範の再現にもなりかねないのですが、この作品がユニークなのは、なごみが決して弱いだけのきゃぴきゃぴキャラではないこと。けっこうハードな生い立ちに加えて、幼稚園児にして

相手が何だろうが一発がつんとやってやればびいびい泣いてそっぽを向くのだ。それがなごみの身につけた護身術だった。

なんて生活(p267)を送っていたのですから、高校生の今でもやるときゃやるんですよ、この人。そこがとても面白かったです。

2. 今いちだったところ

まず、序盤の展開が性急すぎるように感じました。何しろ最初の50ページぐらいで登場人物がほとんど全員紹介されてしまうという急ぎよう。まるで「早く駒を並べてしまってゲームしよう」とでも言わんばかりの慌ただしさで、その分キャラクタの魅力や人間くささがうまく伝わってこないような印象を受けました。

あと、ところどころの描写がわかりにくいのも問題かと。たとえば、このへん。華多那がなごみを右手に抱きかかえてジャンプし、路電に飛び乗るシーン(p15)なのですが、

彼女(引用者注:華多那のこと)は鞘を固くつかむと、迷わずそれを路電の最後尾、生徒たちが鈴なりになっている車両の手すりめがけて伸ばす。
硬い音がした。
鞘はしっかりと、金属の手すりに引っかかっていた。ふたり分の重さを車体にぶら下げ、かすかにきしむ。
足が地面に接するより早く、ふっ、と小さく息を吐いて、華多那は左手に力をこめる。ふたりの身体はシーソーよろしく車両に引きよせられ、手すり越しに成りゆきを見守っていた生徒たちが彼女たちをつかまえてくれる。

10回ぐらい読み返したのですが、何がどうなってるんだかよくわかりません。刀の鞘ってまっすぐなのに(多少のカーブはついてますが)、どうして手すりに引っかかるの? 「シーソーよろしく」も意味不明。鞘と手すりの接点が支点、華多那が鞘を握っている点が作用点だとして、力点にかかる力は何なの? 路電に乗ってた生徒がてこの原理で引き上げてくれたのかな、とも思ったのですが、そんな描写はゼロなので、やっぱりよくわかりません。このようなわかりづらさのために時々物語への没入が妨げられてしまうのは、ちょっと残念でした。

まとめ

なごみと華多那の関係は面白いのですが、小説としてはちょっとぎくしゃくしているような気がします。2巻も既に出ているようなので、そちらでは難点が解消されていることを祈ります。