石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『青い花(5)』(志村貴子、太田出版)感想

青い花 5巻 (F×COMICS)

青い花 5巻 (F×COMICS)

外堀を埋めつつ、物語は次第に佳境へ

ノッポでシャイな「万城目ふみ」と、小さな元気娘「奥平あきら(あーちゃん)」のラブストーリー第5巻。今回はふみとあーちゃんの恋には大きな進展はないのですが、その周辺で繰り広げられるさまざまな恋模様が実に面白かったです。本編でも巻末短編「若草物語」でも等身大の♀♀関係が描かれる一方、男女のエピソードにもきちんとページが割かれており、これはひょっとしたら女性同士の恋愛全般を特別視または聖域化しないための布石なんじゃないかとあたしは勝手に思いました。言うならばこの5巻は、メインカップルの恋を本格的に加速させる前の下地づくりの巻なのではないかと。なお、大きな変化はないとは言え、ふみとあーちゃんの繊細な心の揺れもよかったし、いつにも増して美しい描線や背景等にもほれぼれしました。

今回外堀を埋める皆様方

まず、これまで主に巻末短編「若草物語」で少しずつ描かれてきたキャラたちの大人同士のレズビアン関係が、本編にまでぐっと斬り込んできているところに目を見張りました。具体的に誰と誰かは伏せますが、おかげで作品内での「女性同士の恋愛」の立ち位置が、より一層現実味を帯びたものになっていると思います。

これまで『青い花』についての論評をあちこちで読むたびに不思議だったのが、なぜこうした「大人の女性同士の恋」という要素を無視して少女性がどうの女子校がどうのという話に終始する人が多いのかということでした。実は2巻や3巻の「若草物語」でも、それから4巻の本編でも大人同士のレズビアン要素が出てくるのに、なぜだかそこは軽やかにスルーされちゃうんですよね。その点、この5巻では、複数の「女の人が好きな女の人」が等身大の存在としてさらにはっきりと描かれており、よかったです。百合というものを「単なる思春期だけのもの」という幅だけには決してとどめず、その先もあるんだよと示し続ける内容に大拍手を送りたいと思います。

他には、ふみと千津の過去恋愛のエピソードにもぐっと来ました。千津を「女を捨てて男に走った裏切り者」「なんちゃってレズ」の典型的悪役として描くことは簡単だし、そういうわかりやすい勧善懲悪を望む読者もいるとは思うんですよ。でも、志村貴子さんはそれをしない。安直に悪役を立ててふみを悲劇のヒロインぶらせるのではなく、ふたりの関係をやはりひとつの「恋」として描いていくんです。千津の気持ちもふみの気持ちも両方わかりすぎるほどわかるだけに、pp. 135 - 136は読んでいて本当につらく、ジタバタしました。

さらに、女性同士の話だけでなく、モギーと奥平兄、京子とその婚約者・康など、男女のエピソードもしっかり盛り込まれているところもよかったです。まとめると、これって「ロッキングオン・ジャパン」2009年6月号のインタビューで志村さん自らがおっしゃっていた以下の内容を具現化した1冊だなあと感じました。

最初に描く上で、一過性のものにしたくないってのはあって。思春期の時期特有の、みたいな。物語が高校生活までを描くんだとしても、そこまでだけを描きたいってわけではなくて、その先にもずっと続く生活や、その可能性を含んだものを描きたいと思ってますね

女の子の話だけに特化しちゃうと、結局女の子同士の恋愛がフィクションというか、ファンタジーというか、そういうふうになっちゃいそうなので、それはやだなって

5巻でのふみとあーちゃんについて

大筋としては「ぎくしゃくしつつも友達としてつきあい続ける」という状態で、取り立てて大きな変化はないんですが、ふたりの細かな心の揺れの描き方が非常によかったです。ふみの感じている負い目の描写とか、うまいなあと思いました。たとえば、春花やあーちゃんなら何気なく口に出せることを、ふみだと

あ いや いまのはその 変な意味じゃなくて

と注釈をつけねばならない(p. 63)という対比とかね、鮮やかですよねー。帯の文句にもなっている、

好きな人にはふれたい キスをしたいし抱きしめたいと思う

という場面(p. 52)も、じんと来ました。

絵について

寄稿エッセイ漫画で青木光恵さんも書いておられる通り、描線の美しさがハンパないです。今回は「鹿鳴館」の上演が柱となる巻なのですが、三島由紀夫のきらびやかな文体にも一歩もひけをとらない絢爛さだと思います。特に京子の美貌の描き方には見とれました。大野春花じゃなくたって思わず叫びたくなるぐらいキレイでした。

まとめ

じわじわと外堀を埋めながら、美しい絵と繊細な心理描写で、ごくごくあたりまえの「女のコ同士の恋」を堪能させてくれる1冊だったと思います。ここで言う「ごくごくあたりまえ」とは、

  1. 高校を出た後にもずっと続く生活があり、
  2. フィクションやファンタジーではなく、
  3. 悲劇のヒロインごっこでも、性欲のない「清い」関係でもない、

というほどの意味です。ヘテロの恋でも、珍しくもないでしょ、こんなの? でも、百合ジャンルでは、その珍しくもないことを本気で描いてくれる作品がまだまだ少ない(皆無ではないにしろ)と思うんですよ。だから読んでいてとても嬉しかったし、楽しかったです。次巻以降にもとても期待しています。