石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『ROSE MEETS ROSE』(慎結、一迅社)感想

ROSE MEETS ROSE (IDコミックス 百合姫コミックス)

ROSE MEETS ROSE (IDコミックス 百合姫コミックス)

ファンタジックな暗喩が楽しい百合短編集

面白かったです! 小物や伏線を駆使してきっちり足元を固めつつ、一方では想像力を大胆に羽ばたかせていくという話作りがステキ。特に、一部の作品に見られるファンタジックな設定が少しも嘘くさく感じられないところがユニークです。この本におけるファンタジー設定は、実は痛々しくもいとおしい現実を代弁するメタファーであり、「女の子同士はファンタジーなの☆」みたいなありがちな妄想とは一線を画するところにあると思います。キャラ立てがくっきりはっきりしているところもよかったし、少女漫画テイストな絵柄も見やすく綺麗でした。

漫画として手堅い作り

まず、小物使いの巧みさは「花と手錠と」に顕著かと。花柄の絆創膏とか、柚香のメガネとか、いかにもさりげなく登場する物が実は大きな意味を持っているところが面白かったです。特に柚香のメガネが一種の「心理的な盾」の象徴になっているところが心憎い。そのへんの十把一絡げの萌え漫画なら、テンプレ通りの「メガネキャラ」にしちゃって終わりですよね、こういうの。

伏線については「声のない歌」の外国語ネタにとどめをさします。主人公の風変わりさを演出するためだけのオサレ演出かと思いきや、後からまったく違った意味を持って胸を突くんですよこのエピソードが。この作品以外も概して読者をあっと言わせる展開が多く、エンタテインメントとして非常に堅実な手応えを感じました。百合ジャンルだからって、「この2人はくっつくんです。なぜなら百合だから」的なひねりのない予定調和ばっかり見せつけられるのはもうたくさん。これぐらい王道で驚かせたりハラハラさせてくれる作品の方が読んでて楽しいですよ、少なくともあたしは。

暗喩としてのファンタジー

「バラ色の人魚」では、「主人公を好きになると、体中にバラ模様のアザができる」という突飛な設定が使われています。また、「DOROTHY」では、1年間意識不明だった少女が痩せもせず衰えもせず、目覚めてすぐに自由に手を動かしたりもしています。

ガチガチのリアリズム主義者なら、これらを耐え難いでたらめと受け取るかもしれません。そんなドリーミーなアザはないとか、寝たきりなら拘縮が起こって動けなくなっているはずだとか、ツッコミはいくらでも可能ですからね。でも、ここでそういうツッコミをするのは野暮なんじゃないかとあたしは思います。というのは、これらのファンタジックな設定は、「主人公達が『実際に』こうなりました」という意味で使われているのでは(おそらく)なく、お話のテーマを浮き彫りにするメタファーとして機能しているからです。

たとえば「バラ色の人魚」のアザは「恋心」の象徴です。このアザは、つまり恋心は突然生じるもので、自分ではコントロール不能なもの。正体がわからなくて不安になったり、消してしまいたいと思うもの。その存在のせいで、これまでできたことができなくなってしまうもの。それでもとても美しく、抗いがたいもの。こうしたことを言葉だけで延々説明したところで、説得力は薄いと思うんです。それよりもバラ色のアザに悩むキャラクタの姿や、

そのとき 全身に 花が咲く音がした

というあのクライマックス(p. 95)をぽんと見せた方が、伝わるものは多いはず。つまりは、一見非現実的な設定を用いることによって、ごく現実的なテーマをよりくっきりと立ち上がらせるという構造になっているわけです。「女の子同士の関係は、甘い甘いファンタジーなの……☆」みたいな脳みそのゆるそうな「ファンタジー」とはまったく違うインパクトがあり、大変楽しく読みました。

その他いろいろ

  • 説明台詞を使わず、話の流れの中でキャラクタの性格を際立たせているところがよかったです。代表的なのが「バラ色の人魚」の「私は 入るよ」の場面。読めばわかる。
  • ドロドロした部分も「『女同士だから』こうなんだ」みたいな偏見の匂いがなく、安心して読めました。
  • 少女漫画っぽい繊細な絵柄も好印象でした。
  • 唯一ひっかかったのは「リーダー」という呼称ぐらい。今は「英1」「英2」「リーディング」みたいに言わない?

まとめ

漫画としての隙の無さと、ところどころのファンタジック設定との大胆なコントラストが楽しかったです。妙な偏見もないし、テーマも共感しやすく、楽しく読みました。少女漫画風の柔らかい絵柄もナイス。おすすめです。