石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

ケミストリーある誠実な作品―映画『Freeheld』(2015)感想(追記あり)

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事実を丁寧に物語化した力作

末期がんを患い、同性のドメスティックパートナーに遺族年金を遺すため戦った米国の女性刑事の実話をもとにした映画。前半のケミストリーにも後半の法的闘争にも陳腐なお涙頂戴風味はまったくなく、事実を丁寧に物語化した力作だと感じました。

ジュリアン・ムーアとエレン・ペイジに拍手を

本作品『Freeheld』は、アカデミー短編ドキュメンタリー賞に輝いた2007年の同名ドキュメンタリーを下敷きにして作られています。だから、キャストが発表されたときには驚きました。「ローレル(女刑事)がジュリアン・ムーアで、ステイシー(同性パートナー)はエレン・ペイジ? 年齢差がありすぎるし、実際のステイシーはもっとブッチなタイプなのに?」と。

ところが、このふたりの出会いの場面からほんの数分で、そんなことはどうでもよくなってくるんです。何、あのケミストリー。浜辺のデートやゲイ・クラブでのダンスの場面のチャーミングなことといったら、1日じゅうでも眺めていられるぐらい。ただ単にかわいらしい恋の始まりというだけじゃなくて、ふたりの服装や会話の端々にしっかりしたリアル感があるところがまたいいんですよ。交際を始めて、一緒に住んで、最初は完全クロゼットだった関係が少しずつオフィシャルになって……という一連の流れにも、ビターな部分まで含めて「どこにでもいるレズビアンカップル」っぽさがあり、安心して見ていられました。ベタすぎて嫌だという人もいるかもだけど、あれはあれでアリだとあたしは思うわ。

オーディオ・コメンタリーでのピーター・ソレット監督の説明によれば、この映画の前にカミングアウト済みだったエレン・ペイジがジュリアンを「教育」したおかげで、ふたりのロマンティックな関係の描写に深みが出たとのこと。ジュリアン自身もまた、クロゼット・ゲイのつらさについてエレン・ペイジに「ものすごい量の」質問をしたり、ローレルの昔の(ドキュメンタリーが撮られる以前の)写真を調べたりして役作りをしたと言っています。本作にラブストーリーとしての厚みがきちんとあるのは、こうした入念な下地作りが功を奏しているからなのでは。

難を言うなら、エレン・ペイジのタイヤ交換の場面のぎこちなさだけはちょっぴり気になりました。ただ、エレンはもともとメカいじりが苦手だったそうですし(そのへんがやっぱりブッチじゃないとも言えます)、本作品の撮影はかなりの短期間におこなわれたそうなので、練習でカバーするにも限界があったのでしょうね。逆に言うと、それだけ短い期間にタフな現役刑事から弱り切った患者姿まで演じ分けたジュリアン・ムーアがいかにすごいかという話でもありますけど。

後半のつくりも丁寧

法的闘争の部分について視聴前に心配していたのは、「万が一にも『愛の力で差別に打ち勝ちました!』みたいな安っぽい感動ポルノや、能天気な同性婚推進プロパガンダになってしまっていたらどうしよう……」ということでした。その心配は無用であったと、ここに断言します。

この作品は、ステイシーへのベネフィット給付を拒んでいたフリーホルダー(ニュージャージー州の財務委員)たちを、決してステレオティピカルな差別主義者として描いてはいません。月並みのホモフォビアこそあれ(ない人なんていないでしょう?)、彼らは基本的に保身欲と官僚主義から現状維持をはかっているだけの、どこにでもいるタイプの人間なんです。彼らがのちに決定をくつがえして給付を認めたのも、ローレルとステイシーの愛の力に打たれたからというより、「そうしなければかえって自分の立場があやうくなると気づいた」という理由によるところが大きかったりします。話を単純な善対悪の構図にせず、こうした現実のほろ苦さを丁寧に追って行くところが、たいへんよかったです。

こういうと大げさに聞こえるかもしれませんが、後半の展開を観ながらずっと、あたしはハンナ・アーレントが『イェルサレムのアイヒマン』で記したアイヒマン像を思い出していました。ホロコーストに何百万人ものユダヤ人を送り込んだアイヒマンは、ユダヤ人への憎悪に燃える怪物などではなく「自分はただ命令に従っていただけ」と主張する凡庸な人物だったとアーレントは書いています。同性愛者差別についても、実はラスボスはわかりやすい「ホモフォビックな怪物」ではなく、唯々諾々と権威(それは必ずしもヒトラー的な存在ではなく、現行法だの、宗教上の信念だの、自分が想像するところの『みんなの意見』だったりします)に従っているだけの「普通の人」だったりするのではないでしょうか。

それから、同性婚についてのこの映画のスタンスは、ローレルの以下の台詞に顕著です。

「わたしは結婚のために戦っているんじゃない。平等のためなんだ」

"My fight is not about marriage, it's about equality."

そう、ローレルが一貫して求めているのは平等であり、決して「結婚」ではないんです。このことは映画の中で何度も強調されているし、同性婚の実現のためにローレルたちを利用しようとするアクティヴィズムへの批判的な視線もちゃんとあります。平等というのはレズビアンのみならずあらゆる人にとって重要なものなので、そこに力点を置いてストーリーを組み立てたのは正解だったと思います。

ドキュメンタリーとの比較

ありがたいことにこの『Freeheld』(2015)DVDの特典映像には、短編ドキュメンタリーの方の『Freeheld』(2007)が丸々収録されています。2015年版を見終わってからさっそくその2007年版を見て、驚きました。物語化にあたってもっとあれこれ改変したのかと思っていたのに、まんまじゃん、これ!

ドキュメンタリーに実際に出てくる発言や行動が、本当にうまく組み込まれているんですよ2015年版の中に。しかも大量に。人物像に関しても、2015年版で「これはちょっと誇張しすぎなのでは」と思ったキャラ造形が、モデルを見ると実はそっくりだったりしました。ちなみに人間のみならず、ふたりの飼っていた犬までそっくりなんですよ。2015年版が、隅から隅まで「実際にどうであったか」を尊重して撮られた作品であることがよくわかります。

このDVDを見るまでは、「ドキュメンタリーがあるのにわざわざまた映画化しなくてもよかったのでは」と思っていたのですが、これを見て考えが180度変わりました。ただでさえよくできたドキュメンタリーを、オスカー女優とオープンリー・レズビアンの女優、そして『フィラデルフィア』の脚本家が物語の形でもう一度語り直すことで、「この事実を見て、知ってください」と力一杯呼びかけた作品なんだわ、これは。ドキュメンタリーを焼き直すのではなく、むしろ後方支援でもりたてるために作られた映画なんだわ。

まとめ

平等を求めて戦い抜いた実在のレズビアンと、彼女を支えた人たちの姿を、メロドラマにもプロパガンダにもせず忠実に物語化した力作。ラブストーリーであり、ファイター(たち)の物語でもあり、そして誤解を恐れずに言えばハッピーエンディングの映画でもあります。日本ではついぞ公開予定がない(よね?)作品だけど、ドキュメンタリー版と合わせてなるべくたくさんの人に見てほしいです。

Freeheld [DVD + Digital]

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2016年6月2日追記

今さらながらこの作品、2016年11月26日から日本でも公開されるみたいです。邦題は『ハンズ・オブ・ラヴ』(なんでまたそんなタイトルに……?)で、「新宿ピカデリーほか全国公開」とのこと。詳しくは以下を。

映画館に足を運んでみようかなとお思いの方にちょっとだけ忠告しておくと、たぶんこの作品、短編ドキュメンタリーの方の『Freeheld』(2007)と合わせて見ないと面白さ半減だと思います。あと、「レズビアンの」ドラマだと思ってあまりに期待して見ると、途中から話が「ローレルを支えようとする男たちの活躍物語」みたいになっていくところでがっかりする可能性あり。過剰な期待をせずにさらりと見て、見終わったらすかさず「答え合わせ」的にドキュメンタリーを見るというのがおすすめのコースです。