石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

チームUSAの車椅子アスリートにはお母さんが二人

Paralympic Agitos Flag
Paralympic Agitos Flag / The Department for Culture, Media and Sport

Real Simpleによる、米国のパラリンピック選手タチアナ・マクファデン(Tatyana McFadden)さんと彼女の二人のお母さんへのインタビューが面白いです。

詳細は以下。

Meet the Inspiring Olympic Athlete We Can’t Wait to Watch | Real Simple

タチアナさんはロシア出身で、1989年生まれ。二分脊椎症のため生まれつき腰から下が麻痺しており、6歳までサンクトペテルブルクの孤児院で育ったとのこと。米国人のデボラ・マクファデン(Deborah McFadden)さんとブリジット・オショーネシー(Bridget O'Shaughnessey)さんに引き取られてからスポーツを始め、ボストン、ロンドン、シカゴ、ニューヨークのマラソン大会では3年連続でグランドスラムを達成しています。パラリンピックでも11個(金3、銀5、銅3)のメダルを獲得。ちなみに、パラリンピックのトラック競技7種全部でメダルを獲った選手は、タチアナさんが史上初なのだそうです。

彼女のお母さんのひとり、デボラさんは、ジョージ・H・ブッシュ大統領から障害担当コミッショナー(Commissioner of Disabilities)に任命され、障害を持つアメリカ人法(Americans with Disabilities Act)の立ち上げに尽力した人。しかしながら、タチアナさんを引き取ったのはまったくの偶然だったのだそうです。政府の仕事でタチアナさんのいた孤児院を訪れたデボラさんは、なぜだかどうしてもタチアナさんが気になり、一方タチアナさんの方も「この人がわたしのママになる」と直感したとのこと。その後、ブリジットさんもタチアナさんが大いに気に入って、3人は家族となりました。

お母さんたちは娘をオリンピック選手に育てるつもりは毛頭なく、虚弱なため長くは生きられないと言われていた彼女を少しでも丈夫にしたい一心でいろいろなスポーツをやらせたのだそうです。車椅子バスケからスキューバダイビングまで、それこそ何でも。デボラさんによれば、タチアナさんは何をやらせても“Ya, sama.” (ロシア語で『自分でできる』の意)と言う子だったとのこと。長じて世界トップクラスのアスリートとなった今、タチアナさんは自分の体験を綴った本を書きました。タイトルは、そう、Ya, sama!

YA Sama! Moments from My Life

YA Sama! Moments from My Life

  • 作者: Tatyana McFadden,Trinity College Dublin Tom Walker
  • 出版社/メーカー: Inspirededge Editions
  • 発売日: 2016/05/06
  • メディア: ペーパーバック
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この本、Amazon.comでいくらか試し読みができるのですが、冒頭だけでも既に面白いです。生まれたときには将来アスリートになるどころか「数日で死ぬだろう」と言われていたこと、6歳まで暮らした孤児院は食事も衣類も十分ではなく、医学的知識のない職員たちは二分脊椎症の子をどう世話していいか知らなかったことなど、Real Simpleのインタビュー記事と合わせて読むと合点がいくことばかり。ロシア時代のタチアナさんはただ他の子についていくために逆立ちして歩くことを自分で勝手に覚えたんだそうですが、それってつまり、車椅子が与えられず、それを使った生活の仕方も教えられていなかったってことなんですね。本人によれば、当時の逆立ち歩きのおかげで手や腕が強化され、それがのちのちアスリートとしての成功につながったのだそうです。やはり彼女をこれほどの選手にしたのは“Ya, sama.”なのだと思います。

考えてみれば、今どき親が同性同士のカップルだという子供というのはそう珍しくもありませんから、野球バスケットボール飛び込み競技と同様、車椅子スポーツの世界にも同性カップルの親を持つ選手がいて当たり前なのかもしれませんね。リオデジャネイロパラリンピックで100m走、400m走、800m走、1500m走、500m走、4x400mリレー、マラソンの計7種目でメダルを狙うと言っている彼女の活躍を見るのが、今からとても楽しみです。