石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

大胆不敵な換骨奪胎、さすがパク・チャヌク!―映画『お嬢さん』感想

The Handmaiden

メリハリ効いててエロッエロなガールパワー映画

サラ・ウォーターズのレズビアン・ミステリ『茨の城』を、日本占領下の朝鮮を舞台に紡ぎ直した韓国映画。大胆なメリハリの付け方が楽しい、よくできたガールパワー映画でした。フェチ感あふれるエロスの表現も強烈。ただし、セックス描写は一部凡庸。

大胆不敵な改変具合

『お嬢さん』は原作小説と同じく3部構成になっていて、おおまかなあらすじもほぼ同じです。原作のスーザンに相当する主人公、ナム・スーキー(キム・テリ)は17歳の朝鮮人少女で、世間知らずの日本人令嬢・和泉秀子(キム・ミニ)の財産を狙う詐欺師(ハ・ジョンウ)の間者をつとめるため、お嬢様の侍女として屋敷に住み込みます。騙すはずの秀子と思いがけず親しくなってしまい、困惑するスーキーですが、その背後では彼女もあずかり知らぬ冷酷な計画が進んでいて、ふたりはそれぞれ大きな危険に巻き込まれることに。でもご安心ください、オチの方向性も原作と一緒ですから。

スーキーの名前は日本語表記では「スッキ」となっているようですが、あたしが見た北米版の字幕では"Sookee"という綴りが当てられていました。つまり英語圏の人がフォニックス通りに読めば、英語名「スーザン」の愛称「スーキー」と同じ音になる名前なわけです。そんなわけであらすじの大枠も、主人公の名前さえも原作通りというこの映画ですが、なかなかどうしてびっくりするような改変もたくさん盛り込まれています。もっとも驚かされたのが、原作で最後に出てくる大どんでん返し、そう、ラスト20ページぐらいで初めて主人公が知ることになるあの事実が、この映画ではきれいさっぱり削られていること。それでいてクライマックスからフィナーレまでの緊迫感と疾走感では、原作にすこしもひけをとらないということ。

この大胆きわまりない改変は、決して尺の都合などではなかったはず。『茨の城』と『お嬢さん』とでは第3部の柱をなすものが少し違っているため、不要になる山場をひとつ取り除いたのだとあたしは解釈しました。原作の第3部では、お話の最大の駆動力となるのは、主人公から令嬢への愛憎なかばする激情です。映画でももちろんふたりの間のこうした感情は描写されているのですが、ただひとつ違うのは、第2部後半からの展開にある新機軸が加えられていて、第3部の力点はまた別の怒りと対立構造に置かれているということ。前述のどんでん返しをカットしたのはここでのテーマをぼやけさせないためであり、英断だったと思います。

誤解のないように言っておきますが、『お嬢さん』第3部で全力で描かれるこの怒りも対立も、原作小説の中にもはっきり見てとれるものです。そこにポイントを絞って、「ここ、もっと見たいでしょ?」と痛快なまでの大写しにしてくれたのがこの映画なのだと思います。さらにいうと、映画オリジナルのエンディングシーンもまた、世界中の多くの人が小説初読後にのたうち回りながら心の中で叫んだであろう「よかった。よかったんだけど……この先も見せてよ!」という声に答えようとしたものなのでは。つまるところこの映画って、あの緻密で重厚な『茨の城』の中から「ここをもっと見せたい、強調したい」というものを思い切りよく選び出し、メリハリをきかせて再構成したものなのだと思います。この迷いもなければ無駄もないつくりに、まず惚れました。

実際、最後まで見てから全体を振り返ると、映画オリジナルの要素はほとんどこの第3部で描き出されるテーマに直結していることがよくわかります。お話の舞台を1930年代の朝鮮にしたのも、原作にはない桜の木や秀子のおばのエピソードを入れたのも、図書室の立ち入り禁止箇所を示す印をとあるものに変えたのも、悪漢たちに「さすがは『復讐三部作』のパク・チャヌク……!」と唸りたくなるような運命を用意したのも、すべては緻密な計算にもとづいてのことだったはず。令嬢の財産を狙う詐欺師が実はゲイらしいという暗示がなくなっていることも、序盤でこそ残念に思いましたが、最後まで見れば納得がいきました。あの設定を削るかわりに、しょっぱなの車中のシーンでひとつ伏線を入れて、後半での展開をスピーディーにまとめたんですね。なんとまあ鮮やかな。

フェチ感あふれるエロティシズム

女性同士のセックスの場面そのものよりも、むしろ日常の場面に埋め込まれた性的イメージのなまめかしさに圧倒されまくる作品でした。代表的なのは、秀子の歯の尖った部分をスーキーが指ぬきでこすって丸くしてやる場面。秀子の柔らかそうな唇やその中に出し入れされるスーキーの指、近づく顔と顔、吐息の湿り気等々は、言うまでもなくセックスの暗喩です。本作品ではさらにこれを秀子の入浴中の場面とし、薔薇の花びらやキャンディなどの小道具をあしらうことで、香りや味までともなうセクシーなシーンとして仕上げることに成功しています。冗談抜きで、この指ぬきの場面だけで伝説になりますよこの映画は。これ以外の、コルセットや手袋、フットマッサージなどを一種のフェティッシュとして配したシークエンスの数々も、どれもこれも目もくらみそうなほどエロティックでした。おまけにこれらの描写のほとんどが、開始30分以内で次から次へと乱れ撃ちのように眼前に展開されるんですよ。殺す気かよ。

では、スーキーと秀子の直截的な性交シーンそのものは果たしてどうだったのか。個人的評価は「100点満点で80点」です。途中までは「おお、リアルだしエロいし、うまく描けてるわー」と感心しながら見てたんですが、ヘテロ向けの「レズビアン」ポルノでおなじみの貝合わせやら膣へのオブジェクト挿入やらが「さあここからがクライマックスでござい!」風に麗々しく登場してきちゃうところで、どうしても少し笑ってしまったので。女性同士のセックスでああした行為がまったく採用されないとまではいいませんが、それらをいつもいつもメインディッシュに持ってくるという構成は、いささかヘテロセントリックで凡庸だと思います。サラ・ウォーターズは決してそんな書き方をしていないのに、なぜわざわざ変えてしまったんでしょう。そこがマイナス20点。

とは言え、『お嬢さん』のベッドシーンは、よくレズビアン映画が批判される"Male Gaze"(直訳すると『男性の凝視』、女性キャラを男性の視線の客体として描き、視聴者にも男性的な視点からの鑑賞を期待するような表現形態のこと)とは一線を画しているとあたしは思いました。まず女優ふたりの表情がとてもいいんですよ。好奇心に輝く瞳とか、阿吽の呼吸でかわす微笑みとかがひたすらヴィヴィッドで、画面のこちら側への媚びが皆無で。ちなみに本作ではキム・テリとキム・ミニのストレスを避けるため、ベッドシーンの撮影日には男性クルーは全員休みとし、現場に立ち会うのは女性の録音担当者ひとりだけにして、映像はリモートコントロールのカメラで撮ったのだそうです。その工夫は大当たりだったのではないかと思います。また、上記のオブジェクト挿入に関しては、「古来、主に男性が女性の身体に使用して楽しむためのものだった性具(物の本で以前読んだのですが、日本ではいわゆる『鶯の谷渡り』で音の違いを楽しむ、なんて使い方もされたそうです)を、男性を蹴り出したうえで女性だけで使う」という点がこの映画全体を象徴しているとも解釈できるような気がします。その解釈を採るならば、100点満点で90点ぐらいまで評価を上げてもいいかも。鶯の谷渡りから鶯を追い出すというのは「お、俺も混ざっていいすか?」式のくだらない百合(を自称する"Male Gaze"の)ポルノにうんざりしてきたこちらから見れば、ある種の快挙ですからね。

その他

  • 役者さんたちの演技は総じてよかったです。特にきわだっていたのはキム・テリのとても新人とは思えない豊かな感情表現(目に涙をためた表情から怒りのキノコぶちまけシーンまで、見とれっぱなしでした)や、ハ・ジョンウのあの色気と残忍さと滑稽味を全部兼ね備えた悪党っぷり。
  • 一部の日本語台詞のぎこちなさは、あたしは気になりませんでした。映画『ジョン・ウィック』のロシア語だってずいぶんひどかったと言われているようですし、日本のドラマ『さよなら李香蘭』の沢口靖子の中国語のひどさや、やはり日本のドラマ『二つの祖国』で日系アメリカ人二世のはずのキャラが不自然なまでに全員日本語でばかりしゃべっていたという手抜きぶり等々を鑑みるに、『お嬢さん』はむしろ大健闘していたと言っていいのでは。
  • 上の方で"Male Gaze"の話をしましたが、ひょっとしたら作中の朗読会の場面は、"Male Gaze"の暴力性や、それに気づきもしない男たちの間抜けさをメタ視するためにああした漫画的演出になっていたのかもしれないと思います。ただ単に珍奇さを狙ってジャパニーズ・ヘンタイ要素を入れようとしたのではないと思うんだ、あれは。

まとめ

エッロエロな第1部、驚愕の第2部、壮絶なクライマックスからハッピーエンドになだれ込む第3部と、どれをとっても大変面白かったです。ベッドシーンでごくわずか(本当にわずか)に「ヘテロ受けを狙いすぎでは」と思ってしまうところもないではないのですが、全体的には非常によくできたアダプテーションだと言えると思います。全部見終わってからブルーレイ/DVDのジャケット写真を見返してみると感慨もひとしお、男たちに押さえつけられている女ふたりがひそかに手をつなぎ合わせているというこの構図は、まさにこの映画の本質ですよ。このつないだ手と手が生み出すものを根底に、ここまでスリリングで強烈なガールパワー映画を作り上げたパク・チャヌク監督に拍手。

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