石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

台湾の最高司法機関が同性婚を支持 アジア初の同性婚法制化へ

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台湾の司法最高機関、司法院大法官会議が2017年5月24日、同性婚を認めない現行の民法は憲法に反するという判断を下しました。政府は2年以内の立法を求められ、もし立法されなくても、今回の判断に基づき同性カップルは結婚届を受理されるとのこと。

詳細は以下。

詳しくは上記リンク先を読んでいただくとして、興味深いのはBuzzfeedで紹介されている、台湾で同性婚を認めるべき根拠として挙げられたという論点の数々ですね。以下、ちょっと引用します。

  • 同性間で婚姻を認めたとしても、それが異性間での婚姻に影響することはない。社会秩序への悪影響もない。
  • 生殖と結婚とは関係がない。現行民法では、生殖能力がない人も結婚できる。結婚後に生殖できなくなったら離婚というわけでもない。
  • 「結婚するかどうか」や、「誰と結婚するか」を選ぶ権利は、誰もが持っているものだ。こうした自己決定権は、人格を健全に発展させ、人の尊厳を守るもので、憲法22条で保障された基本的人権の一つだ。
  • 同性間で結婚できないのは、不合理な差別である。

BuzzFeedによると明治大学の鈴木賢教授はこれらについて「2015年に出たアメリカの最高裁判例の影響が及んでいるとみるべきかもしれません」と述べているとのこと。確かに、米最高裁が同性婚を認めたときの判決文には上記の論点と通底するものが多いと思います。以下、米最高裁の判断から、該当しそうな箇所をいくつか選んで訳してみます。

被告はまた同性カップルの結婚を許せば異性同士の結婚が減り、結婚制度に害を与えると主張している。このようなことが起こりうるのは、同性婚の許可は自然な生殖と結婚とのつながりを断ち切ってしまうからであると被告は強く主張している。しかしながらこの意見は、異性同士のカップルが結婚したり親となったりするときの意思決定の過程に関する、反直観的な見解に基づいている。結婚して子供を育てるかどうかについての決定は、たくさんの個人的な、ロマンティックな、そして実際的な熟慮に基づいているのであり、異性カップルが単に「同性カップルが結婚を許可されているから」というだけの理由で結婚しないことを選ぶと結論づけるのは非現実的である。

The respondents also argue allowing same-sex couples to wed will harm marriage as an institution by leading to fewer opposite-sex marriages. This may occur, the respondents contend, because licensing same-sex marriage severs the connection between natural procreation and marriage. That argument, however, rests on a counterintuitive view of opposite-sex couple’s decisionmaking processes regarding marriage and parenthood. Decisions about whether to marry and raise children are based on many personal, romantic, and practical considerations; and it is unrealistic to conclude that an opposite-sex couple would choose not to marry simply because same-sex couples may do so.

同性カップルの結婚の権利はまた、合衆国憲法修正第14条による、平等な保護の保証からも導かれる。

The right of same-sex couples to marry is also derived from the Fourteenth Amendment’s guarantee of equal protection.

異議を申し立てられているこの法律(訳注:結婚は男女の間だけのものと定めた法律のこと)は、同性カップルの自由に重荷を課し、平等というものの中心的な指針を縮小してしまっている。問題となっている婚姻法は、本質的に不平等だ。同性カップルは異性カップルが提供されている利益を与えられず、基本的人権の行使を妨げられているのだから。

The challenged laws burden the liberty of same-sex couples, and they abridge central precepts of equality.The marriage laws at issue are in essence unequal: Same-sex couples are denied benefits afforded opposite-sex couples and are barred from exercising a fundamental right.

ラヴィングは「異人種同士が結婚する権利」を問うたのではなかった。ターナーは「囚人が結婚する権利」を問うたのではなかった。ザブロキは「監護権のない子供を持つ父親が結婚する権利」を問うたのではなかった。これらのどの訴訟においても、該当する人々を結婚の権利から排除するのに足る理由があるかどうかを問うことによって、総合的な意味での結婚の権利が問われたのである。

Loving did not ask about a “right to interracial marriage”; Turner did not ask about a “right of inmates to marry”; and Zablocki did not ask about a “right of fathers with unpaid child support duties to marry.”Rather, each case inquired about the right to marry in its comprehensive sense, asking if there was a sufficient justification for excluding the relevant class from the right.

ただ、ここでちょっと補足しておくと、この2015年の米最高裁判決がきわだって画期的だったとか明快だったとかいうわけではなくて、それ以前のケンタッキーや、ウィスコンシンとインディアナや、オクラホマの同性婚訴訟でも、連邦控訴裁はほぼこれと同様の判断を示してきているんですよね。さらに、今回の台湾の、同性婚が「社会秩序への悪影響もない」という主張には、2013年にフランスの憲法会議が示した、「(同性婚は)人権や自由や国家主権を侵害しない」という判断を連想させるものがあるようにも思いました。また、同性カップルの結婚の権利を基本的人権ととらえるのも別に米国の専売特許ではなく、実際カナダは米国より10年も前(2005年)に、カナダ人権憲章を根拠としてCivil Marriage Actを成立させています。そのようなわけで、今回の台湾の司法判断は、「アメリカの最高裁判例の」影響というより、世界中でこれまで繰り拡げられてきた、同性婚にまつわる議論を総合的に俯瞰した上でのものだったのではないかとあたしは感じました。よってあたしには、「すさまじい」判断というより、「よく勉強しておられるわ、台湾の大法官の皆さん……!」としか思えません。前々から思ってましたが、この日本から見ていると、台湾の後ろ姿がまったくもってまぶしいです。