石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『ワールズ・エンド』(斉木久美子、集英社)感想

ワールズ・エンド (りぼんマスコットコミックス クッキー)

ワールズ・エンド (りぼんマスコットコミックス クッキー)

新鮮な切り口の百合漫画

こりゃ面白いや。まず、女のコ同士の絆を、「恋愛」「友情」「依存関係」などの陳腐な枠組みより一段上にある大切なものとして描いているところがすごく新鮮です。少女漫画なのに、恋愛を最重要視するわけでもないし、ましてや同性同士の絆を異性愛より低く見たりもしていないんですよ。また、ダークな部分もきちんと入れつつ、全体的にはそれをはね飛ばす明るさと強さが貫かれているところも素晴らしいと思いました。一部都合の良すぎる展開はあるものの、タイトルにもちょっと絡むオチのしたたかさには、ニヤリとさせられてしまいましたよ。

『ワールズ・エンド』における女のコ同士の絆

主人公「沙織」はごく平凡な高校生。孤高の美人クラスメイト「絵真」(えま)とひょんなことから仲良くなったひと夏の物語……というのが、この作品のごくおおまかなあらすじです。まずは、クライマックスで絵真が目に涙を浮かべて叫ぶこの台詞(pp62-63)をご覧ください。

愛とか恋とかじゃない あたしは きっと世界中を探し回っても 私はこの気持ちを表す言葉をみつけられない

この台詞が、とにかく深いんですよ。というのは、沙織と絵真との関係性は、この絵真の叫びをきっかけに、百合によくある陳腐な関係性から頭ひとつ抜けたものへと変わっていくからです。

では、百合によくある陳腐な関係性とは何か。図式化すると、以下のようになると思います。

女のコ同士の仲良し関係
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 ├→ 友情
 │
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 ├→ 友情よりも濃い感情
 │  │ 
 │  │ 
 │  ├→ そのままつかず離れず(微百合)
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 │  │   
 │  ├→ 恋愛に発展
 │  │   |
 │  │   ├→ そのまま恋愛モード(ガチ)      
 │  │   ↓
 │  ├→ 異性愛に回帰(なんちゃってレズ)
 │  │ 
 │  │ 
 │  └→ 依存関係に発展
 │      │              
 │      ├→ 共依存に陥って破滅へ(古典的『レズの悲劇』物)
 │      │
 │      └→ 奇跡的にうまくいく(『ピエタ』)            
 │
 └→ 実は姉妹(姉妹百合)

クライマックスの少し前で絵真が沙織に対して見せる執着は、この図で言うと「依存関係に発展」のところにあると思うんです。で、そこまで来るとたいていの百合作品は、ふたりの関係を「あなただけが私をわかってくれる」的な閉鎖的なものにして、最後に心中したり片方死んだり誰かを殺したりという古典的な悲劇パターンに持って行っちゃうと思うんですよ。ごく稀な例外として、「べったり依存し合いつつもなぜか奇跡のようにうまくいく」というファンタジーを描いてみせた榛野なな恵の『ピエタ』があるくらいで。

が、このお話は「鬱展開」と「奇跡のファンタジー」のどちらにも進まないんです。友情→友情よりも濃い感情、と進んできて、あわや執着コテコテの依存関係に突入かと思わせておいて、そこでありえないほど鮮やかなドリフトを決めて思いっきり方向転換するんですよ。そこから一転して描かれるのは、「友情」「恋愛」「依存」のすべてを軽やかに飛び越えた、一段上の世界。これがまた、普段レビューで「これはなんちゃってレズ」とか「これは恋愛」とかいちいち分類していた自分がアホらしくなるぐらい爽やかに突き抜けた仲良し状態で、「そうか、女同士の関係というものは、こういう切り口で描くこともできるのか!」と、目から鱗がペリペリ剥がれ落ちましたよ。

ダークさと明るさ、そして強さ

絵真のダークさと沙織の明るさとのコントラストが面白いと思いました。『ワールズ・エンド』は、要するに「あなたがいなければ生きていけない」という不健康な相互しがみつき状態になりかける寸前で華麗なターンを決め、「あなたと一緒なら世界の果てでも生きていける」というポジティブな関係に着地するお話です。その「華麗なターン」の原動力となる沙織の明るさ、またはまぶしいほどの健康さが、たいへんに魅力的に描かれていると思います。実はこの明るさというのは「強さ」と言い換えることもできそうですね。「もう暗いだけの百合話はたくさん」とお嘆きの方にぜひ読んでもらいたい、タフで前向きな漫画だなあと思いました。

(ちょっとご都合主義だけど)オチもいいよ

ご都合主義というのは、沙織と絵真の再開シークエンスのこと。「なぜ偶然あそこに居合わせたのか」がまったく説明されていないため、ちょっととってつけたような気がしちゃうんですね。が、その前後のオチへの流れが素晴らしいので、ここはもうノーカウントとしちゃいます。ふたりの関係が恋愛よりも(同性愛よりも、そして異性愛よりもです)高いところにあることがはっきりと示された、いいエンディングでした。ある意味、陳腐な恋愛至上主義を笑い飛ばすパワフルなシスターフッド漫画と言ってもいいかもしれません。

まとめ

「女性同士の最高の仲良し関係」というものを新鮮な切り口でパワフルに描き切った作品です。百合物と言えば相思相愛の恋愛こそベストだと思いこんでいた自分はまだまだ度量が狭かったと深く反省いたしました。女のコ同士の、「世界の果てでもあなたとなら楽しい」というしたたかな絆が見たい方はぜひどうぞ。