石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『幽霊列車とこんぺい糖―メモリー・オブ・リガヤ』(木ノ歌詠、富士見書房)感想

幽霊列車とこんぺい糖―メモリー・オブ・リガヤ (富士見ミステリー文庫)

幽霊列車とこんぺい糖―メモリー・オブ・リガヤ (富士見ミステリー文庫)

壮絶なインパクトを持つ百合小説

先日レビューした『みすてぃっく・あい』(一柳凪、小学館)と同じく、タイトルで異様に損をしている百合小説。この絶望と暗さを、クライマックスの壮絶なインパクトを、そして甘やかな再生を、こんなメルヒェンなタイトルで覆い隠してしまうのはもったいなさすぎます。女のコ同士の心のつながりも緻密に書き込まれており、萌え狙いのフワフワした百合ものとはひと味もふた味も違う面白さでした。少女趣味めいたタイトルにだまされず、ぜひいろんな方に手にとっていただきたい傑作だと思います。

絶望と死の香り

主人公「海幸」(みさち)は、自殺願望のある女子中学生。飛び込むはずのローカル電車が廃線になっていたと知り、さらに絶望を深めた彼女が不思議な少女「リガヤ」と出会うところからこのお話は始まります。海幸の家庭の事情や、生命保険、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」「17歳のカルテ」、そして寒天ゼリーなどのモチーフをうまく使って、海幸の絶望と死への傾倒を静かに描き出していくところが実にいいです。このうちあたしが特に感心したのは、寒天ゼリー。あのたよりない食感が、主人公の現実感のうすさを――リガヤの言う、「浮世離れ」感を――暗喩してると思うんですよね。生への執着のうすさ、と言ってもいいかな。思春期ならではの不安定さと諦念を表現する、うまい素材だと思いました。

一見ただの明るい娘に見えるリガヤも実は深い絶望を抱えている、というところもよかったです。そして、その絶望のキーワードとしてこんぺい糖が登場してくるところも。寒天ゼリーもこんぺい糖も、ただ甘いだけのさして栄養のない食品であり、海幸とリガヤが実は似たもの同士だということを示していると思います。ひとつだけ違うのは、こんぺい糖には寒天ゼリーとはちがう特別な食べ方があることですが、それがクライマックスの超大切なシークエンスにつながってくるという仕掛けにはとにかくうならされました。面白いわー。

壮絶なクライマックス、甘やかな救済

タイトルにもある「幽霊列車」がどのような役割を果たすのかは、クライマックスまで明かされません。たいへんに意表を突いた展開で、おそろしいまでのインパクトがありました。大きなどんでん返しはないのですが、少しずつ明かされてきた伏線がきれいに実を結んだ、胸に迫る山場となっています。

で、こんぺい糖ですよ。詳細は伏せますが、こんぺい糖はとある場面で「絶望」と「希望」の、あるいは「過去」と「今」の仲介役となり、少女たちを静かな救済へと導いています。百合小説としてもここが山場。ほんとにほんとによかった。すごかった。

百合小説としての『幽霊列車とこんぺい糖』

何度か出てくるキスシーンにとどめをさします。これがまた、ただの惚れたはれたのテンプレ萌え百合作品が裸足で逃げ出しそうな、深い意味を持ったキスばかりなんですよ。いろんな意味が二重三重に重なった、大切なキス。怖くもあり、甘くもあるキス。特に最後のは必見です。たまらんです。

ちなみに、お話の結末もとてもよかったですよ。いらん偏見はひとかけらもなく、静かに少女たちの関係を祝福するすばらしいオチでした。

難点はタイトル

冒頭にも書きましたが、いかにもラノベ風なタイトルで損をしていると思います。不採用になったという『LIGAYA』(タガログ語で『幸福』を意味することばだそうです)の方がよっぽどいいかと。ひょっとしたらラノベ界には「たとえ内容と乖離したものであろうと、とにかくモエモエした少女趣味なタイトルをつけねばならない」という掟でもあるんでしょうか……?

まとめ

少女たちの絶望とそこからの回復を鮮やかに描いた傑作百合小説です。クライマックスの大迫力と、そこから転じて描かれる甘やかな救済が最大の魅力。全体を通じて流れる静かな諦念も、海幸とリガヤのキスシーンも、とてもとてもよかった。おすすめです。