石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『蒼穹のカルマ(3)』(橘公司、富士見書房)感想

蒼穹のカルマ3 (富士見ファンタジア文庫)

蒼穹のカルマ3 (富士見ファンタジア文庫)

目配りの行き届いた学園ラブコメパロディ

シスコンならぬ姪コンのクールビューティー騎士「鷹崎駆真」(たかさきかるま/♀)の物語、第3巻。今回はなんと学園ラブコメです。あの無愛想な駆真がセーラー服着てじょしこーせーですよ。シリーズ読者なら表紙を見ただけで吹き出すこと間違いなしのこの巻ですが、番外編でもスピンオフでもなく、堂々の本編となっています。伏線の仕掛け方と回収の仕方がみごとで、ものすごく楽しく読みました。もちろんコメディとしても秀逸。ウタやアステナ、ゆらゆら姉妹などおなじみのキャラクタの活躍もよかった。百合方面に関しては、「口絵に裏切りなし」と言い切っておきます。

伏線の仕掛け方がいいですよ

前巻までに張られた大きな伏線がぐいぐいと回収され始めています。それだけでも面白いのに、とあるキャラクタのさりげない台詞がまた別の伏線となって、クライマックスであっと言わせてくれるところがすばらしい。他の場面でも、読者の心に「ん?」と引っかかりを作らせておいて、ここぞというときに「そうだったのか!」と一挙に悟らせるという仕掛けが巧く、読んでいてとても気持ち良かったです。

糸井重里さんがかつて、『85点の言葉―知的で口べたなあなたに (萬流コピー塾)』(ネスコ)の中で、ゲームとコピーの作り方についてこんなことを書いています。

今、私はファミコンのゲームをつくっているのですが、ゲームをつくるのとコピーをつくるのはかなり似ているのです。「オレにしかわからなかったと思える、だれにでもわかる謎」をたくさんつくれば、受け手は興味を持ってそのメッセージをうけとってくれるのです。

これって小説にも当てはまると思うんですよ。『蒼穹のカルマ(3)』は、このような「謎」の散りばめ方がたいへん巧みな作品だと思います。

コメディとしても秀逸

序章だけで既に笑い死ぬかと思いました。学園ラノベのテンプレをひょいひょいと操りつつ、同時に強烈な違和感をかもし出してみせるという筆力の冴えに感服。

百合方面について

2巻ではやや減少していた百合成分が完全復活しています。

「駆真様! 駆真様! 是非私のお姉さまに! スール的な意味で!」

と女生徒たちが騒ぐ(p. 76)一方、駆真は駆真で

やはり在紗は可愛い。可愛すぎる。どないせーっちゅーねんと何の脈絡もなく西部方言が出てしまうほど可愛すぎる。天地あまねく見渡したとしても適う者がいないほど可愛すぎる。まさにミス・パーフェクト。世界中が恋する少女。蒼穹圏結婚したい女性ナンバーワン。でも結婚したいと言った男は駆真が思いつく限りのむごたらしい方法で皆殺し。言わなかった男は在紗の素晴らしさが分かるまで瞼が閉じないよう器具で固定した上で、駆真が撮りためた在紗成長記録をノンストップで視聴させる。

と燃え上がっていたり(p. 88)して、いつにも増して百合百合しいです。ハンバーグや入浴剤などの細かなアイテムを使ったエピソードもそれぞれ絶品なのですが、今回もっとも強烈なのは、口絵にもある、

「あ、ああアアああ在、アリアリアリ在ささささささ紗ぁぁぁぁ」

のシークエンス(p. 218)。絵だけ見たときは「これってティアラ文庫じゃなくて富士見ファンタジア文庫だよね!?」とレーベルを確認しそうになりましたが、本編を読んでいろいろ納得。熱烈なのにあざとくなく、しかも口絵だけの肩すかしでもなく、おまけにどうしようもなくおかしいという、実にこのシリーズらしい百合描写でした。なお、今回は「在紗の正体を知っても愛せるか」というやや重いテーマも登場しており、今後の展開にも期待がかかります。

おなじみの皆様について

アステナ、ウタ、ゆらゆら姉妹などがきっちり登場するのですが、それが単なるにぎやかしでないところがよかったです。萌えのためのキャラ配置ではなく、あくまで物語のためのキャラ配置なんですよ。

まとめ

語り口調はさっくりと軽いのに、内容は一部の隙も無く組み立てられているという、秀逸な百合コメディでした。物語全体の伏線も着々と回収されつつあり、今後の展開が楽しみです。