石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的メモ。

『楽園Le Paradis 第4号』(白泉社)感想

楽園Le Paradis 第4号

楽園Le Paradis 第4号

  • 作者: シギサワカヤ,日坂水柯,二宮ひかる,黒咲練導,沙村広明,木尾士目,あさりよしとお
  • 出版社/メーカー: 白泉社
  • 発売日: 2010/10/30
  • メディア: コミック
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百合も非百合も面白かったです。

ヘテロあり百合ありの「恋愛系コミック」第4号。今回はっきり百合百合している作品は、

  • 「想いの欠片」(竹宮ジン)
  • 「エンディング」(シギサワカヤ)
  • 「コレクターズ」(西UKO)
  • 「P.V.」(西UKO)

あたりでしょうか。どれも面白かったです。「想いの欠片」と「エンディング」におけるレズビアン・アイデンティティのとらえ方の対比が、特に印象的でした。西UKOさんの2作品も、なにげない日常をさっくり切り取る作風がいつも通りすばらしかったです。また非百合な作品も、木尾士目さんのオタクもの、二宮ひかるさんの究極の選択もの、水谷フーカさんの初々しい思春期もの、沙村広明さんのブラックなSFものなどがよかったです。

「想いの欠片」と「エンディング」におけるレズビアン・アイデンティティの対比について

「想いの〜」は、いつも通り、はっきりとしたレズビアン・アイデンティティを持つ女子高生・高岡ミカが主人公。第3号に登場したゲイキャラ原田君の妹・原田マユとの会話が白眉でした。ミカにレズビアンだと名乗られて後じさるマユの姿といい、その後のミカの絶妙な返しといい、「あるある」という感じでたいへんよかったです。レズビアンであることの面倒くささと、それを乗り越えたところにある楽しさをきれいに描き出した作品だと思います。

反面、「エンディング」は、レズビアン・アイデンティティのないOL同士のお話。半同棲して体も重ねていながら、人に知られまいと引きこもるばかりで閉塞していく2人の物語。たいへん滑稽なのが、「もっと奥」「あ」「そこ……そこ」などと呟きながら指まで入れてセックスしているのに、モノローグではその行為が

――まるで セックスの 様に

と深刻ぶって形容されていること。「様に」っていったい。要するに、この人たちにとっては、女同士の行為は「セックス」とは認識されないらしいんですよ。それから、エンディングで主人公が呟く

せめてたった一つだけ残ったこの小さな痛みを
恋と名付けることを許して下さい

という言葉もたいへんアホの子チックで興味深いです。あれだけすったもんだして、まだ自分の想いを恋と呼ぶことすら躊躇しているとは。心理学用語でいうところの否認(denial)の典型ですね。
ただ、正直言うと、この主人公の気持ちもある程度までわかってしまって、そんな自分に余計にムカツクあたしがいます。成田美名子著『ALEXANDRITE(6)』(白泉社)でゲイのキャラクタがこう言っていたのを、ふと思い出したりしました。

正直に言うとさ 「こちら側」に来ない方が生き易いと思う

(引用者注:『そちら側』は大変かと問われて)んー そうだな 親に認めてもらうときと自分で認めるときがね

正鵠を射た言葉だと思います。結局、この「エンディング」って、「こちら側」に来ることを拒否している人たちの物語なわけですよ。親に認めてもらう大変さも、自分で認める大変さも引き受けたくない/引き受けられない、だから自分のことを「レズビアン」とも「バイセクシュアル」とも「同性とセックスするヘテロ」とも認識したくない/できない、そのためにどんどん行き場をなくして八方塞がりになっていく、という、実は非常によくあるタイプの人のお話なんだと思います。

そこで必ずしもアイデンティティを「引き受けろ」とは言い切れないんですよ、あたしは。「こちら側」の大変さもよくわかるし、自分が「引き受ける」前の腰抜けぶりも覚えているから。そういう意味でこのお話はとんでもなくリアルだし、読んでいてじりじりするんです。単に好みで言うなら、完全に「こちら側」のお話である「想いの欠片」の方が好きだし共感できるのですが、「エンディング」には、それとはまた違った意味で魂をひっかいてくるものがあると感じました。世の中にはおきれいなファンタジーを維持するためにレズビアンという概念そのものを無視してしまう百合作品群というやつがありますが、そういうのとはまた違う痛みと深みがあるお話だと思います。

「コレクターズ」「P.V.」について

西UKOさんは、もはや女子好き女子の何気ない日常の描き手として盤石の位置を占めている描き手さんと言っても過言ではないかと。同性愛というとどうしても「性愛」の部分ばかりがクローズアップして描かれがちですが(多くのヘテロが同性愛者を性的な存在としかみなしていないことの裏返しだと思います)、別に女子好き女子だからって脳内が常時愛と性のことだけで100パーセント占められているわけではないんですよね。「コレクターズ」も「P.V.」も、そのへんの匙加減がとてもうまいなあと思います。

「P.V.」に関しては、女性同士のセックスについてのとあるキャラのアドバイスが的を射ていて、面白かったです。そうそう、あれが基本だよねえ。

非百合な作品について

以下、よかったものを箇条書きで。

  • 「魔法使いの冷酷」(二宮ひかる)
    • この選択はたしかに究極……! 意地悪な読後感も、色っぽいセックスシーンもどちらもよかったです。
  • 「14歳の恋」(水谷フーカ)
    • みずみずしい思春期ラブストーリー。靴ずれをめぐる2人の思惑がかわいいのなんの。
  • 「Spotted Flower」(木尾士目)
    • オタク男性と一般人女性の新婚生活もの。妻の夫の(というかオタの)御し方が完璧すぎて楽しいです。夫キャラのオタらしさもリアルで、ウケました。
  • 「筒井筒」(沙村広明)
    • ブラックでやるせなくて、かつニヤニヤさせられるSFもの。最後の1ページの急激な展開がたまりません。

まとめ

今回も堪能させてもらいました。執筆陣に実力派が多いという点は芳文社の「つぼみ」と共通してますが、「楽園」の売りは、「百合だけでもヘテロだけでもなく、かつ漫画として面白い」というこの独特のごった煮感ですね。独自路線を歩むコミック誌として、今後も注目していきます。