- 出版社/メーカー: 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
- 発売日: 2011/06/22
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原作の良さが台無し
マーサ「明日? いいことキャレン、わたしたちにはもう、明日なんてものはありはしないのよ。わたしたちはね、ほら、子どもたちがごっこ遊びでよくやるでしょう、あんなふうにでっちあげなくちゃならないのよ。明日のない世界で話す言葉を。」
(リリアン・ヘルマン著、小池美佐子訳(1980)『子供の時間』新水社、pp118-119)
という原作の最重要台詞を物の見事にカットして、ただの「間の悪い隠れレズビアンが些細なきっかけでカミングアウトしてしまい、絶望して自殺する」っていう糞メロドラマにしてしまった超駄作。見る価値ないです。
安っぽい演出オンパレード
かなり前にレンタルビデオでざっと見て「なんかヘンな話」と思っていたのですが、今回原作と突き合わせながら見てみて謎がとけました。この映画版は、原作を改悪してひたすら同性愛ネタをスキャンダラスに強調しただけの代物なんです。そのため作品の冒頭からやたらとマーサにレヅくさい台詞を言わせたり、キャレンとカーディンのデートシーンをもやもやした顔で覗き見させてみたりと、観客をバカにしているかのような安っぽい演出オンパレード。ヘンな話になるはずだわ。
ちなみにあたしが一番許せないのは、子供が実際にキャレンとマーサのキスシーンを「見た」ことにされていること。そんな馬鹿な。原作では、子供が見てもいないものを見たと無理やり言い張ることから噂が広がって行くことになっていて、それがこの話の鍵なのに、わざわざ子供の目の前でチューさせてどうすんのよ。そうまでしてこの話を「レズの悲劇」って枠に押し込めないと気が済まないのかしらね!?
テーマはどこへ消えた
原作者リリアン・ヘルマンがこの作品にこめたテーマは、「人は、たとえ憎悪や恥辱や絶望のどん底に突き落とされて明日が見えなくても、そこを通り抜けて生き抜くしかないのだ」ってことだと思います。マーサが本当に同性愛者だったのかどうかなんてのは、実はストーリー上たいして重要なことではないはず。戯曲を読む限りでは「マーサが自己暗示でそう思ってしまっただけ」という解釈も可能だと思いました。マーサの死の理由より、その後のキャレンとティルフォード夫人の会話の方に、ヘルマンの訴えたかったことがあるはずです。
なのにこの映画版ではそこを大幅に変更し、ティルフォード夫人はカミングアウト後のまだ生きてるマーサの前にタイミング悪く現れるバカな使いっ走りめいた役どころにされてしまっています。違うんだってば! ここは、「明日のない世界を生きられなかったマーサ、そして生きてはいるけれど逃げ腰のカーディン」と「そんな世界を生きる覚悟をしたキャレンとティルフォード夫人」との違いを打ち出すところなんだってば!
シャーリー・マクレーンは語る
マーサが自殺する前に叫ぶ台詞は「こんなの(同性愛のこと)病気だし汚らわしい、もう耐えられないわ」などと過激きわまりないです。あ、もちろん映画オリジナルよ、これ。マーサ役を演じたシャーリー・マクレーンは、ドキュメンタリー映画『セルロイド・クローゼット』の中でこのシーンを振り返ってあっけらかんと語っています。
「子供の告げ口が映画のテーマなので同性愛については議論しませんでした」
「あのシーンについてどういう意味だとかあれでいいのかという疑問は出なかった。あまりに無自覚であきれるばかりです」
「セットでもテーマの深さに気づかなくて、オードリーとも何も話しませんでした」
1961年って、そんな時代だったのか……。
皮肉な成功点
ステレオタイプなメロドラマに改変されてしまったせいで、この映画は「同性愛嫌悪を内面化してしまったレズビアンの悲劇」をぐりぐりと描き出すことだけには成功しています。マーサの自己嫌悪シーン(キャレンに恋心を告白して「こんなの病気だ」とか「私がいけないの」とか絶叫するシーン)について、スージー・ブライト(『ハリウッドのレズビアン関係ご意見番』的な存在で、『バウンド』のセックスシーンを監修したことで有名な人)が、同じく『セルロイド・クローゼット』の中でこう話しています。
「あの自己嫌悪の深さを見ると今でも涙が出てきます。それから何故泣くのか考えてしまう。“あれは昔の話、今の人は違うでしょ”って。でも本当は変わってないと思うのです。私の分身があそこにいる」
「いくら今の自分をハッピーだと思っていてもね。“何で私、こうなの”と思う自分がいます」
レズビアンがマーサに共感しながら観た場合、やはりあのシーンで泣いてしまう人も少なくないと思います。でもそれは、すぐれた作品に心動かされた涙というより、むしろ「同性愛=スティグマ」という根深い(レズビアン自身の中にもあるほど根深い)偏見を眼前につきつけられたことに対するショックと哀しみの涙ではないでしょうか。
まとめ
最初から最後まで同性愛嫌悪に満ち満ちた失敗作だと思います。「オードリー・ヘップバーンとシャーリー・マクレーンがレズの役だなんてすごい!」と単純に喜んでハアハアできるおめでたい人向け、かな。