石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

小説『半身』(サラ・ウォーターズ[著]、中村有希[訳]、東京創元社)感想

半身 (創元推理文庫)

半身 (創元推理文庫)

美しくも強烈な物語

レズビアニズムが縦糸と横糸をなす、美しくも強烈な物語。あらすじは、「19世紀のロンドンで孤独な老嬢(と言っても29歳なんですが)マーガレットが慰問に訪れた監獄には、ミステリアスな霊媒シライナが収監されていた。やがてふたりの間には心の交流が生まれ、マーガレットはシライナへの愛ゆえにあることを決意するが……」というもの。これがまた、同作者による『荊の城』と同じく、一筋縄ではいかない骨太の物語なんですよ。女性同士の蠱惑的なラブストーリーとも、弱者としての女性を描く社会派小説とも、また重厚なゴシック・ホラーとも受け取れるこのお話が、最後にどのような衝撃的な展開を迎えるのかは、読んだ人だけのお楽しみ。

『半身』のここがすごい

時代小説なのに、新しい

『荊の城』にも言えることなのですが、ヴィクトリア朝のお話なのにテーマは少しも古くないんですよ。以下、以前うちの掲示板に書いた文章から少し引用してみます。

以前どこかで「時代小説を書くコツは、主人公の感覚を現代的なものにすること」と聞いたことがありますが、してみると『半身』や『荊の城』はこれにあてはまるのかもしれません。こと異性愛規範からの自由さにかけては、現代的どころか、最先端ですよね。

そう考えてみると、『半身』も『荊の城』も、ヒロインたちへの時代的・社会的抑圧(貧困、束縛、嫁き遅れの老嬢の孤独等々)がきっちりと描かれる中、彼女たちにとって「異性愛規範から自由であること」がそこから抜け出す一筋の希望になっている(その希望が時としておそろしいどんでん返しを生んだりもするのですけれど)という物語構造がとてもユニークだと思いました。

どちらの小説も、ヴィクトリア朝の風俗が緻密に描き出されているのに少しも古臭く感じられないのは、そうした新しい感覚が物語の主軸になっているからなのですね。

これにもうひとつ付け加えると、『半身』では、主人公マーガレットの感じている孤独が現代女性(セクシュアリティ問わず)にも通じるものがあるところが非常に良いと思いました。今も昔も、世の中には「同性愛いくない」という抑圧だけでなく「女はこう生きるべし」という抑圧が厳然として存在するわけですが、レズビアニズムをモチーフにしつつ、前者ではなく後者をしっかり描いてみせたところが『半身』の新しさでありすごさでもあると思います。

卓越した描写力

「ぞっとするような残酷さ」と「お伽話のような美しさ」の幸福な結婚を実現させてみせたサラ・ウォーターズの筆力に拍手。たとえば、ミルバンク監獄の囚人たちが置かれている劣悪な環境と、シライナ初登場シーンのファンタジックな美しさの対比など、鮮やかとしか言いようがありません。また、色彩だけでなく香りや触感をたくみに使った表現もとてもよかったと思います。

伏線とどんでん返し

この小説はぜひ2回以上読むことをおすすめします。1度目でひねりの効きまくったラストの展開にのたうち回り、2度目では「よく見るとこんなところにこんな伏線が!」と唸りながら読む、というのが正しい味わい方ではないかと。詳しいことは伏せますが、よく読むと、衝撃のラストを暗示するヒントがそこここに実に巧妙に仕込まれていることがわかるんですよ。あの「魔術的」(帯より)なまでの筆さばきを、再読で隅々まで味わいつくさないという手はないと思います。

その他注意事項

愛だけでなく哀切や絶望をもどーんと描き切ったお話なので、フワフワしたロマンティック・ラブ・ストーリーをお探しの方にはまったく向きません。そこだけご注意を。

まとめ

古さと新しさ、そして美しさと残酷さをあわせ持つショッキングな小説です。惚れた腫れただけでは終わらないインパクトのあるレズビアン小説をお探しの方は、ぜひ。