石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『ミシン』(嶽本野ばら、小学館)感想

ミシン (小学館文庫 た 1-4)

ミシン (小学館文庫 た 1-4)

苛烈なエス小説

「ミシン」及び「世界の終わりという名の雑貨店」の2編が収録された、嶽本野ばらの処女小説集。表題作「ミシン」は、苛烈なエス小説です。百合というよりあくまでエス。しかも、単に少女同士が甘やかに馴れ合うだけで終わりではない、もっと滑稽で残酷でスリリングな物語。そこに描き出される嶽本野ばら的な「乙女」のあり方が、非常に面白かったです。

滑稽さと残酷さ、そして「乙女」のルール

「ミシン」は、ロックバンドの16歳のボーカル少女「ミシン(美心)」に恋する「私」の物語。吉屋信子を愛好する「私」の言動は、単純に受け取れば非常に滑稽に見えてしまうものが多いです。「~でせう」「ご免なさい」などのレトロな物言い、「エス」への傾倒、必勝ハチマキを巻いてのお百度、キティちゃんの絵がついた玩具のようなギターなど、「私」の周囲には常におかしみを振りまくガジェットが散りばめられています。でも、これらは決して単なる表層的なギャグなんかではないんです。これらはすべて、「乙女」のルールを描き出すために念入りに用意された装置なんですから。

嶽本作品における「乙女」とはつまり美意識です。失笑されても、非難されても、いやもっとひどいことになっても、毅然と己の価値観を貫くという美意識。思えば『下妻物語』の桃子なんかもそうですよね。「私」の行動がしばしば滑稽に見えてしまうのは、彼女が「自らの乙女心のままに行動することにいささかの躊躇いも」(p. 105)持たないから。自分の価値観だけに従い、ひとりで立っている存在だから。

ちなみに乙女ルールを守り通しているのは「私」だけでなく、ミシンもです。外見は違えど鏡のようによく似た魂を持つふたりが出会い、共鳴し合うところから、物語にはある種の残酷さが漂い始めます。自分を曲げずに凛然と生きる、ということは、こうした残酷さ、酷薄さをも引き受ける覚悟がいることなのですね。エス要素や美しいお洋服など、フワフワした少女趣味っぽいものをたくさん盛り込んだお話でありながら、ここまで鮮烈に「自分の価値観のみに従う矜持と覚悟を持つこと」を描きつくしているところがとても面白いと思いました。

まとめ

表題作「ミシン」は、乙女と乙女が乙女のルールによって劇的な結末へと疾走していく、強烈なエス小説。単に少女同士のいちゃこらが見たいだけの方には向きませんが、そうじゃない方にはすごくおすすめです。