石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの個人的備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『狐とアトリ―武田日向短編集』(武田日向、富士見書房)感想

狐とアトリ―武田日向短編集 (角川コミックス ドラゴンJr. 111-1)

狐とアトリ―武田日向短編集 (角川コミックス ドラゴンJr. 111-1)

姉妹愛と友愛とケモノ愛に満ちた、傑作微百合短編集

『やえかのカルテ(全3巻)』の武田日向さんの短編集です。和風伝奇な表題作の他に、入院中の少女ふたりの友情を描く「ドールズ・ガール」、そして「やえかのカルテ番外編 YAEKA'S AIRMAIL」などが収録されています。繊細で力強い絵で紡ぎだされる姉妹愛や女のコ同士の友愛が素晴らしいです。ケモノへの愛情いっぱいな作風もよかったし、「YAEKA'S AIRMAIL」の胸を打つエンディングも最高でした。

表題作「狐とアトリ」について

いかにも和風伝奇らしい、背筋がゾクリとするような凄味のあるお話です。特に、高い画力で描き出されるクライマックスの迫力は天下一品。だからこそ、結末のあたたかさが余計に胸に沁みます。分類するならば動物愛および姉妹愛の物語なのですが、ああした「妹」を持ったことのある人(けっこういると思います)なら、最後の一枚絵に目から変な汁が出ること間違いなし。ちなみに番外編「嘘と小判」の民話っぽさもよかったです。

「ドールズ・ガール」について

「永遠なんていらない」と主人公「実」(♀)が裸足で力一杯走り出す見開き絵(pp. 94 - 95)の場面にド感動しました。「時間を止めて永遠に一緒にいたい」と一箇所に佇み続けることなんて、愛じゃない。そうじゃなくて、「永遠」も何もかもかなぐりすてて、今この一瞬、好きな人のためになりふり構わず走り出すことこそが愛だ!……というテーマが、とてもよかったです。ある意味、「百合は思春期だけの儚く美しいもの。この女のコだけの世界が永遠に続けばいいのに……(と悲劇ぶりつつうっとり)」みたいな寝言こいてる百合ものへの強烈なアンチテーゼですね、これ。全体としては友情ストーリーなんですが、とてもたのしく読めました。

「やえかのカルテ番外編 YAEKA'S AIRMAIL」について

「番外編の番外編」を含めて計6話のショートストーリーが収録されています。サブキャラクタの皆さんのあれこれも面白いのですが、特筆すべきはやはり、やえかと芹奈の関係でしょう。独り立ちしたはずのやえかがしっかり芹奈の服を握って寝ていたりする(p. 104)なんてあたりも可愛らしいのですが、なんといってもスゴいのは最終話の「Sequence5: MY DEAR FRIEND」。ある状況下であのやえかが号泣してしまうあたりがまずぐっときますし、最後のページのやえかと芹奈の会話にはもう完全に魂をわしづかみにされてしまいました。あんなにシンプルなことばだけですべてわかり合えるふたりの姿がほんとによくて、「あんたら恋人か、それとも長年連れ添った夫婦か!?」とまで思ってしまいました。女のコ同士の強い信頼や「絆」を描いた作品として、傑作中の傑作だと思います。

まとめ

あたたかくて、ちょっと涙が出て、元気をもらえる短編集。美しい絵柄も、動物への愛も、そして女のコ同士の強い絆もどれもみなよかったです。おすすめ。