石壁に百合の花咲く

いちレズビアンの備忘録。内容は主に(1)LGBTニュース、(2)ガール・オン・ガールのポップカルチャーなど。

『紫色のクオリア』(うえお久光、アスキー・メディアワークス)感想

紫色のクオリア (電撃文庫)

紫色のクオリア (電撃文庫)

するする読める本格SF百合

「人間がロボットに見える」という特殊な視覚を持つ少女「鞠井ゆかり」と、そんなゆかりを守ろうとする主人公「波濤マナブ」(♀)の物語。めっちゃくちゃに面白かったです。あたかも学園日常ラノベ風な冒頭部に騙されてはいけません、これは実は「羊の皮を被った狼」ならぬ、「ラノベの皮を被った超オモシロ平行世界SF」なんです。スリリングかつスピーディーな展開がいいし、量子力学というとっつきにくい分野を扱いつつ少しも難解にならない語り口調もみごと。そしてそして、マナブからゆかりへの想いの熱さがまたいいんだ。一般的な「恋愛」をはるかに上回るスケールの想いと、何度か出てくるキスシーンがすばらしかったです。

超オモシロ平行世界SF

第2章で登場する組織の名称が『ジョウント』(Jaunte)であるのは偶然ではありません。ジョウントとは、アルフレッド・ベスターのSF小説『虎よ、虎よ!』で描かれた瞬間移動能力のこと。『紫色のクオリア』中では、

ジョウントは、世界の変革を担う、新生の手段として描かれているのです。

力を求める苛烈な意志の、ダイナミックな象徴――人はジョウントによって停滞していた状況を打破し、ジョウントによって新たな高みに昇るのです。

と説明されている(p. 152)この能力ですが、とあることがきっかけで、マナブはジョウントをさらに超えた移動能力を持つことになります。平行世界へと瞬時に移動する能力です。

マナブは無数の世界の「あたし」へとジャンプし、戦い、だまし、恋をし、死に、泣き落とし、脅迫し、拷問し、愛し、殺され、蘇り、トライ&エラーを繰り返しながら「光のように最短時間で」ある目的にたどりつこうとします。この万華鏡のような物語世界をどう説明したらいいんでしょう。スリリングなストーリーラインがまず面白い上に、「一人称小説でありながら頻繁に語り手である『あたし』が交代し、しかも整合性を保ち続ける」という離れ業には、ただただ感服するばかりです。

あとひとつ面白いのは、物語が未来だけでなく過去に向かっても強烈に分岐していること。もしこれが、「過去の一点に戻って未来の展開を変える」というパターンだけなら、単なるエロゲというかADVにおけるルート探索と変わらないと思うんですよ。ところがこのお話はそこにとどまらず、マナブの瞬間移動によって過去までがダイナミックに書き換えられていくんです。おかげでストーリー全体に他に類を見ない広がりと深みが生まれていて、「その手があったか」と唸らされました。

マナブの想い、そしてキス

マナブがひたすら目指す「目的地点」とは、「ゆかりを救うこと」。そのために時空を超えて繰り返す無数のトライ&エラーにはある意味鬼気迫るものがあるんですが、同時に切なくて泣けます。

何度か出てくるキスの描写も、

動悸の激しさを抑えきれないいっぽうで、それをおもしろがる余裕があった。息をするのも忘れながら、ゆかりの身体の心地よい重さと、その小ささ、制服の上からでも感じる熱さをじっくり堪能していた。学校の廊下で、女の子に押し倒されて唇を奪われている、という他人には見せられない状況にありながら、そのことにまったく思い当たらず、むしろ世界に二人っきりのような気分を感じつつ、ただただ凍りついてしまった時が動き出すのを待っていた。

あらためて、ゆかりの瞳をまじまじと見て。

――紫色が、きれいだな、と思った。

てな感じで、緻密にして繊細。このキスがひとつの大きな伏線になっているという構成もよかったです。

ちなみに一人称視点でホモフォビアがちらりと描かれる場面もあるのですが、それはあくまでその世界での「マナブ」がそういう価値観を持っているということに過ぎず、別の世界のマナブは真剣に同性相手に恋をしていたりします。つまり、この作品の中ではホモフォビアも同性愛も単なる「平行世界の可能性」にすぎないわけ。このニュートラルな書き方がちょっと面白いです。

さらにもうひとつユニークなのが、この物語は「パターナリズムの敗北」というテーマをはらんでいること。「お姉さま」が妹を導くとか、「王子さま(あるいは騎士)」がお姫さまを守るとかいった類型とはずいぶん違うところにある百合話で、そんなところも興味深く読みました。

徹頭徹尾読みやすいです

「クオリア」「シュレディンガーの猫」「コペンハーゲン解釈」「パイロット解釈」「波束の収縮」「干渉性の喪失」。これは皆、本作に出てくる哲学・量子力学用語です。でも、ここで「え、これってハードSF? 無理かも」とたじろぐ必要はまったくありません。というのは、この作品には、物語に必要な概念(上記のうちでは『クオリア』『シュレディンガーの猫』あたり)だけをごくごくわかりやすく説明した後、不必要な部分をあっさり切り捨ててしまうという潔さがあるからです。そもそも、平行世界について書籍で学ぼうとした主人公をして

手当たり次第に本を取り、意識のハードプロブレムや、二重スリット実験や、量子デコヒーレンスとかいう語彙を増やしていった(意味? 理解? 聞くな)。

波動関数を学ぼうとして、自分には数学の才がないことを知った。方程式が親の仇のように思えた。真実というのは残酷で、中学校三年生程度にはどうにもできないことなど世の中にはいくらでも存在する――

などと言わしめているところもナイス。主人公からしてこの調子なのですから、読者が哲学・量子力学を隅々まで理解する必要などまったくないんです。「ハードSFの香りはたっぷりなのに、いらん衒学趣味はなし」というこの親切設計が素晴らしすぎます。

まとめ

百合小説がお好きな方なら必読の書。ハードSFなのにきわめて読みやすく、百合なのに少しも甘すぎず、それでいて読者を振り回す物語パワーと愛の力は百人力。いやー、すごいもん読んだ。これだから百合作品のレビューはやめられません。